母親は遊女であった 明日を生きるために必死に日銭を稼ぎ、その大半が飯代と大麻に消えるような日々を過ごしていた
彼女は何人もの客と懇ろになる内に子供を孕んだ 最初のうちは「"そういう需要"にも応えられる」程度の認識でしかなく、特別困ってはいなかった

そしてついに子供を産む そして産んでから気づく
自分の稼ぎは自分1人が生きる分しかなく、とても子供を育てられるようなものではない

女は考えた 店の人間や客の噂話などにも耳を傾け、近くに有名な武士の屋敷があることを知った
その時女の大麻でめちゃくちゃになった頭は閃いた

女は「私はこの屋敷の主人と懇ろになり子供を産んだ。この子は正当な源氏を継ぐ武士の血が流れている」と言い張り、信濃国海野氏の武家屋敷前にて三日三晩喚き散らした
そう主張していれば自分を取り立てたり金をもらえたりしないだろうかという博打だった

もちろんそんな世迷い言に武家が取り合うはずもなく、彼女は娘を門の下に布で包んで捨てた
そんな哀れな子供を拾い奉公人として使ったのが、当時の海野氏当主、海野 幸親であった

娘は目が見えなかった 母親から病気か何かをもらってきたか、外に何刻も放置されていたからか、出産の状態が悪かったのかはわからない
あるいは、娘とともに捨てられていた妖しい輝きを放つ宝石で出来た槍頭がその原因だったのかもしれない

まるで何の不自由もないかのように歩き、大抵のことは何でもそつなくこなしていたため、娘が6つになるまで周囲の人間は誰もそのことに気づけなかった

「ものにはすべて違った“音"があります。それを聞けば音の正体が何なのか、どうすればいいか分かります」 娘が何を言っているのか理解できたものは殆どいなかったが、優秀であった娘は女でありながら武士として成長していった

穏やかで優しい性格 大抵のことをそつなくこなせるからか常にどこか余裕のようなものがある
それでいて野心や情熱に欠け、何か命じない限りはぼうっと空を眺めているような消極的な人物
その異質さから周囲の人間から距離を置かれがちだった娘は、自分によくしてくれた大姫によく懐いている様子

同じように自分によくしてくれていた海野 幸親が木曽 義仲とともに討死してからは少し変化があり、何か思いつめたような暗い表情を見せる事が多くなった
夜中に槍を握り締めて部屋を出て、型の練習をする様を何度も大姫に目撃されている
木曽 義高が処刑されてからの7年間、一度も欠かしたことはない