とある資産家の元に産まれた一人息子。跡継ぎが産まれたと騒ぎ喜ばれ欲しいものもやりたいこともなんでも叶った。
周りに言えばなんでも望み通りになってしまうおかげで「ここは特別なのだ」と歪んだ認知が芽生え、その退屈さを理解してしまった隙間を埋めるようにと手当り次第、興味の向くもの全てを「暇潰し」として手を伸ばすことに。それはある種傲慢、驕りに近い感情だった。
他者を傷つけることは本意とはしなかったものの、その性格と言葉に透けた感情。無意識に人を見下すような視線。環境故か、素質故か、何に触れてもそれなりにこなせてしまう器用さ。それら全てが絡まり不格好に形成されて今の人格を作り上げてしまった。

結果的に様々に手を出したおかげで半端に才を伸ばしてしまったものの、絵についてはいちばん強く深く子供に根付いて芽生えた。それと向き合っているときだけは、素直な自分で居られる気がした。ひたむきに向き合ったおかげか、いくつか賞も得るほどに。自信は振る舞いに滲み、「本人にとって」順風満帆な生活だった。

そんなある時、変貌の機が訪れた。

ある時自宅の整理をしていた時、妙なものを見つける。骸のかたちをしたそれは、見た目こそ好ましいものでもないが、なんとなく興味が惹かれてそれに手を伸ばした。
その時そこに存在したものこそ、「怨念の呪石」である。

何故そこにそれがあるのか、どうして目の届く所にあるのかなど理解できなかったし考えに至ることもなかった、が。一度求めてしまえばもう遅く、刻み込まれた怨嗟にあてられ、噴き出した感情は留まることを知らず。黒々と滾り猛る黒炎は男の身体を包み、蝕み染め上げた。

次に気付いた時には、｜なにもなかった《・・・・・・・》。
色とりどりに染め上げていたはずのキャンバスも、選りすぐった画材も、気に入りの家財も、全てが粉々に崩れ、灰と化していた。そこに巻き込まれたのは、人間とて例外ではない。出入りをしていたひとりかふたり、姿を消してしまったらしい。

傲慢と自信で積み上げた足元と生活。同時に人であった心は、数多の｜犠牲《しょうどう》を以て、崩れ去った。

警察や消防、様々に「あの件は自分のせいだ」と訴えかけたものの、証拠不十分、動機不明、加えて未成年に心神喪失状態だなどと印を押されてまともに裁かれることはなかった。それがあまりにも苦しく、また膨れ上がる衝動に拍車を掛けた。
しかしオーヴァードとして覚醒してしまったその身体、そうそう簡単に死ぬことも出来ずに燻り続け、行き場を無くし荒れていた頃にUGNに発見、暴走状態だったのもあってか捕獲に近い形で転がり込むこととなる。

以来この死ねない身体、溢るる焔について学び少しは落ち着いたものの、それでもなお「いつか死ぬ。いつかきっと裁かれる日が来る」と呪いのように心に宿し続けている。

久方ぶりに手にした休暇に浮足立っていたものの、突如として呼び出されたことにも少しばかり怒りを覚えつつも足を運ぶこととなる。欲しかった画材のセールが終わってしまいそうだ、なんてわずかな落胆を抱えながら。
連続殺人事件など管轄外だろう、と斜に構えているため意欲的とはあまりに言い難い。

瑞樹渚、PC1との関係について
瑞樹は所謂ご近所さん。アトリエと彼女の家が近いこともあってか、学校帰りなどはよく声を掛けている。PC1については「渚のお友達」の認識。噂に聞く所絵を描くのが好きだと聞いているためこちらも声を掛けがち。仲良くしたいな～、学生時代って一瞬だからな～、うらやましいな～、そんな感じ。

リスウェイ・ラボの壊滅より二年の月日が流れた頃、フォルス・イミテーションの名が刻まれた一枚の黒い便箋が届いた。
知らない名前。けれど縁がある気がしたその正体。
さてはて此度は一体何に巻き込まれるのやら、と。遠い場所、黒海の西、ドナウ川河口の北に位置する小国へと足を向ける。