─私は許されなかった─

居場所を求めた 仲間を求めた 平穏を求めた
笑顔を求めた　友を求めた　愛を求めた
救いを求めた 幸せを求めた 自身の存在する意味も求めた

──私は許されなかった──

力を示した 心を示した
己を示した 愛を示した
思いつく限りの全てを示したと思う

───私は許されなかった───

敵を拒んだ 苦痛を拒んだ
怨恨を拒んだ 悲哀を拒んだ
死を拒んだ 滅びを拒んだ
忌避すべき全てを拒んだと思う
しかし無限のそれ等に押し潰され私は嘆き涙する

────私は許されなかった────

それでも私は生きよう
私は求めた全てを諦めていないのだから…

遥か遠き地からやって来た存在。災禍をその身に集める“器”して生まれたもう一人の巫女。
山奥の寂びれた神社で倒れていた所をUGN宇治支部に拾われた。
レネゲイドウイルスが一切検出されなかったことや、多次元から“影”を喚び寄せ操る異能を有していたこともあり、UGN宇治支部のもとで監視することとなる。
周囲の存在を破滅させる“禍”そのものであった彼女に対し、宇治支部が独断で器に対する『処理』を行ったことで、少なくともオーヴァードに対しては「健康を害する」程度にまで彼女の力を抑えることが出来るようになった。
その影響で本人の戦闘能力も大幅に低下した。しかし、彼女のもとに集まる禍根自体に変化はなく、今もなお変わらない苦痛,絶望に苛まれ続けている。

その前例のない特異な性質やウロボロスやバロールに酷似した異能を有していること、“ヒト”に分類される存在ではないことから、宇治支部支部長である輝夜は上層部やUGN本部に対し彼女の情報を出来る限り秘匿し、『ウロボロスシンドロームのレネゲイドビーイング』として報告している。彼女の正体を認知しているのは輝夜や和泉をはじめとする宇治支部の面々や、“リヴァイアサン”霧谷雄吾，“聖なる瞑想者”藤崎弦一といった輝夜が信用する穏健派の一部の面々のみである。

苦痛に耐えられなくなって発散するために暴れても壊れず、終わった後には自身を何事もなかったかのように受け入れてくれる存在との出会いによって光堕ちしつつある。
以前とは違って他者とともに笑い、生き生きと生活しているのが最近になって確認されるようになった。

神輿島を舞台に開かれた少女たちの舞踊。
“鴉”や“踊り子”との出会い。関わったひととき。

「ありがとうね──“鴉”」
彼女がここへ‟帰ってきた"際に預かっていた壊れた拳銃にそう話しかける。
会話したことも、顔を合わせたこともない相手だ。そもそも、彼女が視た“幻覚”だという可能性だってある。
それでも、だとしても──

「あの娘の事を想ってくれて、ありがとうね」

──そろそろ彼女が戻ってくる。これは彼女の下にあるべきだろう。何となくだけどそう思う。
ボクは壊れた拳銃を手に取り、彼女“たち”が居るであろう場所へと歩を進めた。

アメリカ、アナハイムへの小旅行...と見せかけた、ラプラスの箱を巡る宇宙戦争。
多くの人との交流、バナージという青年との出会い。

「ふぅ...」
支部の裏山で私は息をつく。
「はぁはぁ...禍たん、流石にもう許してほしいんだけど...もうかれこれ6回は殺されてるよ...」
目の前では息を切らし、ボロボロになった全身詐称レネビが苦笑している。
「ん、私もすっきりしたし、怒ってはいるけど、もういいわよ...毎回付き合わせてごめんね」
素直に謝罪の意を口にする。
昔は自らの心を護るために反射的に零れていた言葉も、今では自分の意思ですんなりと言えるようになった...と、思う。

「ボクも無理矢理ではあったしねぇ。でもさ、禍たんは無理矢理でもないと行ってくれなかったでしょ？」
輝夜はそう言い、いたずらっぽく笑ってみせる。
「そもそも、行きたくなかったのよ...」
「あはは、ゴメンね。でも、無理矢理にでも送り出して本当に、ほんとーに良かったよ」
「何よ？」
まじまじと私の顔を眺める輝夜を不審に思い、そう問う。

「いや──随分と良い顔するようになったなって思って」

私は今どんな表情をしているのだろうか。
ご機嫌そうな輝夜から視線を離し、両手を胸に抱きよせる。
この小さな幸福を噛みしめるように──。

ある日、神社を訪ねてきた少女、岩戸七海と解決した異変。
ヒトを想い夢を視続けた少女は最期に何を視たのか。

「今回はありがとうございました」
目の前の少女が頭を下げる。

「あの...色々と気になることはいっぱいあるんですけど...。
一つ。一つだけ、失礼を承知で聞かせていただきたいんです」
彼女は私の目を見てきっぱりと言い放つ。
「別にいいわよ」
特に聞かれて困る質問も無いだろうと思い、そう答える。
「...ありがとうございます。──禍さんの夢はどんな夢なんですか？」

「──皆で笑って幸せに暮らせる禍根の無き世界──」

「それが私の夢。どこにでもありそうな『普通』な夢よ」
「...」
彼女は少し驚いたように目を丸くする。
「質問をした理由は、聞かないんですね」
「別に、分かるしね。私があの夢を受け入れなかったのが不思議だったんでしょう？」
「はい...」

「...もちろん、あそこで私が言ったことも嘘じゃない。でも、私が受け入れてしまったら、あの娘の純粋な夢にまで災禍を招いてしまう。どんな形であれ、あの夢は、あの娘が誰かを想って視た夢だから」
そう言うと、彼女はどこか切なそうな顔をする。

──ああ、何度だって見てきた顔だ。
優しい人は、私を見て、悲しみ、憐れみ、手を指し伸ばす。
そして──絶望の禍に呑まれ破滅していく。

「...それじゃ、今度こそお別れね」
「...はい。あの...禍さん」
少女は意を決したように顔を上げ、私を呼び止める。
「なに？」
「また...また、会いましょう！」

「──。ええ」

色々と突っ込みどころが多すぎた異変...？
まぁ、無事解決できたからヨシ！☞

「...なんで、私まで？」
「し、知らないわよぉ！てか、その禍々しい瘴気を早くしまって！」

時はキルティアという少女が宇治支部を占拠してから僅か二日。キルティアと、先日そのキルティアと相対したはずの少女はUGN特製の『アルティメイド服』を着用し店内のど真ん中に佇んでいた。

「っく...何という屈辱...！！」
「いやだから何で私まで？」
あちこちで食器が割れ、人が倒れ、店内を店員が走り回る...次々に起こる“不幸”を眺めながら心ここにあらずといった様子で、少女が見るからにヤバい瘴気を纏いながら純粋な疑問をこぼす。


「うんうん、平和だねー。面白そうだから禍たんにもやらせてみたけど、正解だったよ」
「何も平和じゃありませんよ...輝夜さん。とりあえず、今後はこういうことは控えてください。私も暇ではありませんので」
「いいじゃないか。霧谷クン。それに、君も禍たんと一緒で無理矢理じゃないと聞いてくれないのが悪いんだよ？とりあえず今日は休暇だと思って仕事の事は忘れて楽しみなよ」
「はぁ...まぁ、今回の事は不問にしておきます。引き続き、彼女の事は任せますよ」
「うん、りょーかいだ」
そんな大人二人もまた...いや、UGN日本支部の支部長の方だけが忙しそうに厨房を奔走するのであった。

まーた《ディメンションゲート》だよ...
どんどん広がる人間関係。広がる人の輪は彼女にどのような変化をもたらしていくのか。

「禍～！遊びに来たわよ！」
キルティアが手を振りながらこちらに歩いてくる。
「何しにきたのよ？」
「や、『弾幕ごっこ』とかいうやつをこの前やったじゃない？思ったより楽しかったし、訓練にもなってね」
「ふーん、いいわよ。私も合法的に発散できるし」
「よし来た！さあ、前回の私とは一味違うところを見せてあげるわ！」

キルティアに向かい、影を操りながら“弾幕”を飛ばしていく。
輝夜対策として会得した《ディメンションゲート》を使いながらキルティアを追い詰める。

かつて“あの地”で行われていた一種の戦闘方法であり、遊びであり、交渉術。




───ドクン───





「...ぇ？」

「っ！あ～当たっちゃったわね...回避に専念してもこれだけしか耐えられないとは...」
「れ...む...？」
「まったく...あんた本当にとんでもないわね」

今のは──。

「...」
「って、禍！聞いてる！？」
「え？ええ、大丈夫。聞いてるわよ」
「はぁ、疲れたし私もちょっとここで休まさせてもらうわ」
そう言いながら、キルティアは神社の中でへ入っていく。

神社へ入っていった彼女を一瞥した後、私は東の空を見つめる。
一瞬だった。でも私は“アレ”を確かに知っている。
でも、何故“彼女”がここに居る？
私という存在が“彼女”を引き寄せたというのか？
分からない。だが、確かなことは...どうあっても『私は“禍(わざわい)”そのもの』らしいということだ。

「...霊夢。」

私は東の空を見つめながらその名を一人呟いた。