珠李自身は正式なヒーローである。
各種試験でも優秀な成績を収めており、実績も含め文句なしの優等生だ。
だが基本的に賞金稼ぎのみで生計を立てており、人気商売には一切関与しない、悪く言ってしまえば不器用な生き方を徹底している。
それは本人の矜持に因るところもあるが、なにより──

彼女の母親はR対策室を裏切ってヴィランになってしまう。珠李が物心つく前の話だ。
国際指名手配犯となった母親は失踪した後しばらくして処分された。
珠李自身の手によってではなく、無関係の/見知らぬ人のために奮起したヒーローの手で。

一般人の父親と幼いころから定期検診を提供したUGN支部のもとで育った珠李にとって、母親は心理的には他人といって差し支えないほど遠い人間だ。
それでも血縁はある。
彼女は学生のとき競技場に立ったものの、優れた技量を妬む同級生に経歴の全てをネット上で暴露されてしまい、選手生命を絶たれた。（もちろん本人に非は無いため公的な処罰は受けていないが、誹謗中傷の類に耐えかねて表舞台から去った。衝動の影響も大きい。）
その後も、信頼という面で一歩劣る彼女は成人してなお華やかな場には立っていない。選択肢からも除外している。
幸いにも人となりをよく知る人間からの評価は悪くない──悪くならないように、常に怯えながら努力するのだ。

彼女は、彼女の師範から能力を継承した。
この時彼女は齢18。本来であれば、あと数年は先になったはずの話。
「君なら、我々の精神性を分かってくれるはずだ」という別れの言葉は決して文字通りではなく……数分先の生死も定かではないなかでの遺言を実現する以外の選択肢は存在せず。
ジャームとなった師範に自ら手を下し、役目を果たしきれなかったヒーローズクロスを首にかけることで継承完了とした。

受け継いだレネゲイドは何代にも渡って継承されてきたもの。
そしてコードネームも漢字は変われど、読みは不変のまま。
「マアト」。
エジプト神話における正義と秩序を司る神の名。
絶対的な権力を持つことを自覚し、また法に忠実に正義を成せる者だけが名乗ることを許された、ひとつの「血筋」である。

少なくとも歴代マアトを知る者は彼女に全面的な好意を示す。
知名度のほどは……残念ながら、母親が残した傷を癒やすほどではない。
それでも珠李は本名よりもコードネームを大事に思っている。
「今代マアトが、悪を糺す」