『｜真上《まがみ》さん、これは非常にリスクの高い選択なのだが……
貴方たちにある提案をしたい。
ーー産まれてくる子供を、非オーヴァードにする治療を試してみないか？』

それが、運命の始まりだった。

天光紗衣はUGNチルドレンである。
「父親」役の人は仮初の「娘」に過ぎない紗衣に料理を教え、こう口にした。
「誰かの日常を守るために、私達は君に非日常を強いている、それを変えることはできない。
でも、君自身にも帰るべき日常が必要なんだ、それを忘れてはいけないよ」
だが彼女には分からないのだ。
料理をするための包丁で、人間を刺し殺す仕事をしている自分に、そんな資格があるのだろうか。

ある日、任務で潜入した学校で紗衣は思わぬ再会を遂げる。
自分とは正反対の日常を生きる、生き別れの兄……｜真上《まがみ》｜巧《たくみ》がそこにいた。
「自分が人を殺めることで、何も知らない兄の日常を守れる」
その想いに反して、兄はオーヴァードとして覚醒した。
運命は彼女の信仰を粉々に打ち砕いたのだ。
だが、覚醒した兄はその力で自らの新しい日常を勝ち取った。
これで良いのかも知れない。兄の隣を歩む兄の恋人を見て、ふと紗衣は思った。
私は……ここに居て良いのだろうか。

「憐れみをあなたに」救済に狂った修道女と、紗衣の師が彼女を罪悪から救おうとした。
自分が狙われたせいで、兄の恋人が巻き込まれてオーヴァードになってしまった。
隠していた兄との血縁も周知のものとして暴かれてしまった。
今更懺悔など出来ようものか、紗衣は欺瞞に満ちた「赦し」を拒む。
「私は罪人で構わない」
師が伸ばした手を振り払い、紗衣は兄を兄と呼べる今日を得た。
兄の恋人ーー真花さんを義理の姉と呼べる日が来るかも知れない、という明日を得た。

オーヴァードは自分を含め、誰もがどこか壊れているか歪んでいて、例外は兄と真花さんだけ。
ずっとそう考えていた紗衣は、身近なところに例外がもう一人いたことを知る。
なんて可愛らしく、綺麗な人なんだろう。
彼の過去と内面を知れば知るほど、紗衣は相対的に自分の罪深さを目の当たりにした。
（この人からは、何一つ奪いたくないって思ったのに）
彼の妹を眠らせるため、心臓を貫いた感触がーーいつまでも、手から消えなかった。

人を殺す事を躊躇わない才能。罪悪感や忌避感を感じない才能。
例えばそれがジャームと化す寸前の、大切な友達だったとしても。
元よりレネゲイドなど関係なく、天光紗衣は天性の殺人者である。
UGNが作り出した自らの｜複製体《いもうと》である伊那を巡る事件の最中、かつて殺した友である｜鈴花《リンファ》の兄、｜雲嵐《ウンラン》が紗衣に問う。
「立ち止まって、幸せに生きる道を探せないか。お前がいつまでも不幸だと、妹が浮かばれナイ」
それでも止まらないと決めていた紗衣の背を、優しく支える手があった。
紗衣は決意を新たにした。
ーー伊那を守る、兄さんと真花姉さんを守る。そのために、殺しをやめる事はできない。
「みんなの分も戦うって、リンファと約束したから」
大切な人達が笑って明日を迎えられる事が、私の幸福だから。

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