帰路

歩いて戻った。送り迎えはないから。

　薄暗い通路をひとり進む。足元は見ない。躓くものなどない、元よりここは、逃げるための道だ。
　いくつかの扉を通り過ぎ、与えられた個人の待機室へと向かう途中――ふと、目が止まった。

　扉の脇に据えられた、小さなテーブル。そこには幾つかの物が無造作に置かれていた。私は足を止め、倣うようにポケットから一枚のコインを取り出し、そっと置く。
　飴玉、何かの金属片、刃物で刻まれた傷跡のある木片、湿った煙草、そして今、置かれた私のコイン。
　彼のことは――正直、よく知らなかった。粗暴で、口も悪く、好きにはなれなかった。けれど、だからと言って何も置かないほど、私は無関心ではなかった。

　これは風習だ。戻ってこなかった者の扉の前に、餞別を残す。ただそれだけの、何の意味もない儀式。
　物に決まりはない。その時たまたま持っていたもの、形見、あるいは印。想いを託すのではない。ただ、置く。そして終わり。

　私はコインを置く。誰かが言っていた。「コインを入れたら、コンティニューだ」と。

　私は踵を返し、静かに個人の待機室へと戻った。