ストレンジャーズの中でも、仮に部隊員の誰かに「白渕明羅」という人間を知ってるかって尋ねるとして、多くの者は「そんな人がいました？」と聞き返すのだろう。運よくても、「性格は普通、能力は平均、成果そこそこ」といった大した内容のない情報しか入ってこない。
隠密作戦に従事する者として彼女は徹底的自分を隠しており、それは仮に所属組織の中でもだ。彼女は普通であるように偽り、また自分の存在感や痕跡を消すことに長じている。気づかれぬままターゲットと共同作業しながら情報を抜き取ることも、多くのボディガードの目を潜り抜けて要人に近づき、死体と混乱を後にして消えることも、彼女にとって造作ではない。

そのためか、彼女の素の姿を知る人は本当に少ない。同じ秘密部隊にいる者でさえ例外ではないが、好奇心で動くのも人の本能のようだ。

「『"｜水光洞見《エンジェルヴェール》"の追跡ミッション』？ああ、やってたなそういうの、非公認な新人の入隊試験のようなもんで。俺も入ってきた時先輩からふざけ半分で言い渡されて、三時間も満たないうちに見つけられちゃった」
「そしたら『よく持ったほう』って言われた。信じられる？ほとんどの人は開始十分……何ならその前に気づかれてるって」
「今ところの最高記録保持者は……誰なのかはわからないし俺よりも早く察知されたようだが、彼女のペンケースに毛虫を入れることを成し遂げたらしいよ」
「なんで知ってるかって？たまたま、先輩宛てのメモの下に挟んでいるコメントを見かけたからだよ、たまたま」
「『次はない』……って、あそこまで感情が露わになることって、かなり珍しいじゃない？」

前述の知覚能力のほか、領域による感覚拡張が可能、非オーヴァード時代から鍛えた身体能力をさらに向上させてる。
コードネームのごとく気配を完全に殺し、死角より精確で洗練された一撃でターゲットの命を奪い去る、至ってシンプルな戦闘スタイル。
大抵の武器は器用に扱えるが、真の得物は狙撃銃。
彼女がスナイパーライフルを携わって任務先に現れることはつまり、「ストレンジャーズは最速、最適、最優先に目標を排除することを望んでいる」を意味しているほかにならない。
だが安心すればいい、少なくとも今は、その時ではない。

「自分を捨てること」なんて、容易なことではないけど、苦痛でもなかったわ。
表情や仕草の一つでミスを犯せば、そこから何百人何千人を死なせてしまいかねない……そんな仕事においてこれが必要なことで、防衛隊の一員として軍刀を捧げた日から、わかりきっていたことなの。……私の父のように。
父は完全無欠に自分を殺せなかったことも、勿論よく知っています。妻を娶り、家庭を築き、子を為した父……偽装工作の一環だとしても、家にいる時の父の顔はあまりにも穏やかなものでした。
何故父はここまで矛盾なことをしてきたのか長い間理解できなかったが……顔を変え、肩書きを乗り移るようになってからは違っていた。
そして、薄っすらと予感するの、「私もいつか父のようになるかもしれない」ってね。
だって私、父の娘だもの。

でも、安心して、少なくとも今ではないわ。
私をときめかせる男が現れるまで、あくまでも"｜水光洞見《エンジェルヴェール》"としていさせてもらうわよ。