全ての始まりは10年前。
　5人家族である匡神家は購入したばかりの別荘に訪れた。木々に囲まれ、バルコニーから湖を一望できる美しい別荘だ。
　午後に別荘へ着いてすぐに、翠麗の双子の弟たちは父を連れて湖へ遊びに行った。
　夕方、弟たちは湖のほとりで5つのビー玉を拾って帰ってきた。どれも黄色の綺麗な渦を閉じ込めたようなビー玉で、弟たちは姉と両親にもビー玉をプレゼントした。
　だがこのビー玉はH因子――現実を侵蝕する幻想なる王、ハスターの因子を持つ呪物だった。H因子に暴露したことで一家団欒の楽しい楽しい旅行は崩壊し始めた。
　翌日、弟たちは体調を崩し、寝込むようになった。悪夢も見るようになり、うなされ不安がる双子を両親と翠麗が励ます。
　だがやがて、双子だけでなく両親も筆舌に尽くしがたい悪夢にうなされ始める。

　しかし、翠麗の夢は違った。彼女は夢の中で古い書庫にある一冊の魔術書を読む。とある魔術について記載したもので、12歳の少女には難解で理解できないが不思議と読み続けた。夢を見るたび魔術書を読み、意味を理解しないまま様々な魔術を覚えた。
　それと同じように、両親と双子の悪夢も日に日に酷くおぞましくなり狂っていった。両親は人が変わったように怒鳴り合って喧嘩し、双子はどんどん顔色が悪くなって寝たきりになった。子どもを放っておく両親の代わりとして、翠麗は双子の弟たちにいつも寄り添っていた。翠麗だけは正常であった。

　別荘に来て5日目の朝。激しい異音に起こされた翠麗は不審に思い、音のする方へ向かった。異音は両親の部屋から聞こえていた。扉を開けると、母親は異形に捕食されて死んでいる。異形は下半身と胴体のみ人の姿をしており、骨のないブヨブヨした二対の腕をもてあそぶように振り回しながら、怪物と形容するしかない頭部から蝶々の口吻のようなものを伸ばし、母親の額に4、5本突き刺して脳みそを吸っていた。

　翠麗は感じ取った。この異形は父親だったものだ。

　異形は娘を認識すると、彼女の頭めがけて二対の腕を叩きつけようとする。

　翠麗は無意識に魔術を唱えた。意味を理解しないまま夢の中で覚え、暇な時ひとりで口ずさんでいた魔術だ。恐怖のあまり口走ったのか、何かを期待して唱えたのか。あるいはとっくに狂っていたか。

　この魔術は自らの身にレネゲイドビーイングを創り出す失われた魔術であり、自らの精神を代償として払う、おぞましい業に満たされた禁忌だった。創造されたレネゲイドビーイングは右眼に宿り、理外で冒涜的な異能を発現させる。

　たちまち彼女の右眼から黄色い渦が溢れ出す。それは真っ黒な暴風となって父親だった異形を母親の死体を巻き込んでぐちゃぐちゃに切り裂く。気づけば血みどろとなった両親の寝室。たまらず翠麗は部屋から飛び出して、廊下を駆ける。弟たちが眠る部屋へ逃げ込もうとした。
　
　だがここには、すでに人間はいなかった。扉がひとりでに乱暴に開かれたかと思うと、双子の部屋は紫色の粘菌にびっしりと覆われ、今もこの家屋を呑み込まんと廊下まで進出する。この粘菌こそがH因子に侵された弟たちの成れの果てだ。双子の意識はあるのかは誰にもわからない。

　翠麗は部屋の前で固まった。異様な光景の連続に、もう何が何だかわからず、恐怖のあまり限界だった。ふと、そのとき頭の中で声がした。「そのまま後ろに倒れて」と。それが生み出されたレネゲイドビーイングの声であることをまだ知らない翠麗は思考停止したまま声に従った。フローリングの床に背中を打ちつけることはなく、いきなり星空ばかり映る空間に落ちた。本能で自ら発動したバロールのエフェクトにより、異空間へ逃げ込めたのだ。どこが地面で、どこが空かわからない異空間で彼女は意識を失った。

　正午、翠麗は別荘近くの腐葉土の上で倒れていた。目を覚ました彼女は呆然と立ち尽くす。別荘が跡形もなく消失し、家族の姿もない。荷物も弟たちが拾ったビー玉も、全て翠麗を置いてどこかへ去ってしまった。
　ルイナと出会ったのはこのときだった。その後、駆けつけた内なる薔薇友愛会の魔術師に保護されたことがきっかけで、この10年、彼女は魔術師として研鑽を重ねていった。

　別荘と家族が消えた理由は、誰にもわからない。

　彼女はタロットカードを割ることで魔術を行使する。見た目はなんの変哲もない、大多数がよく知るウェイト版のタロットカードだが儀式が施されているため、割っても時が経てば無から再生する。それぞれの大アルカナに対応した魔術がある。
　より安定した方法を模索している。

　「ンクィテ=リュミユ」という名を持つレネゲイドビーイング。匡神からは「リュミ」と呼ばれている。匡神の右眼に取り憑き彼女をオーヴァードに目覚めさせた元凶。
　匡神が10年前の夢の中で取得した失われし禁断の魔術によって、翠麗の精神の一部を元に生まれた存在。
　
　リュミは匡神を含め他者に一切の干渉ができず、魔術によって姿を与えない限り、リュミを認識し会話ができるのは(現状では)匡神のみである。
　10年前も今も一貫して匡神に友好的・忠実的な態度をとっており、不気味なほど聞き分けが良い。宿主と談笑するほど良好な仲だ。その真意は全く測れないが、匡神が死ぬとリュミも死ぬらしい。逆に匡神が健在である限りリュミが滅びることはない。

　匡神によると、リュミは翡翠色の筋が走る黒い影の姿をしており影の形は不定。ある時は肥大化した頭に手足が細い子供のような影、ある時はスライムのように蠢く影である。どんな影であれ女性の声で話しかけてくるらしい。

　リュミの狙いは匡神の体を乗っ取ることだ。今の匡神とリュミは精神が分たれた存在であり、再び一つになって体の支配権を得たい欲望がリュミにはある。匡神のことは本心から気に入っているし、守ることもする。だが、それはそれ、これはこれ。
　匡神が侵蝕に耐えきれなくなった時、彼女の意識を飲みこんで、リュミは邪神ハスターの忠実な信徒――ジャームとして本性を現す。そうなれば今の匡神翠麗という存在はなくなり、リュミこそが匡神翠麗となる。

　だがリュミにはもう一つ欲望がある。
　自らを人と定義し、人として抗い続ける匡神翠麗に興味が尽きない。「匡神翠麗という人間を理解し続けたい」という邪神因子顕現体とは思えない欲望がリュミにはある。この10年間、リュミは“まだ”翠麗に飽きていない。だからこそ、翠麗を積極的に侵蝕せずにいる。

　「デュエル」フォーマットのプレイヤー。
　最初は興味はなかったが、魔術研鑽の中、息抜きを求めて始めたのがきっかけ。大会に出たりすることはなく、対人戦もさほどしてないが環境とプレイングの理解度は高い。その理由に自分のデッキの動きを確認する、いわゆる一人回しをよく行なっているのと動画で情報をよく仕入れていることが挙げられる。
　基本的に環境デッキをよく使っており、その中でも何回も展開を重ねて先行では強固な布陣を築き後攻なら相手の妨害を乗り越える、そんな万能なデッキが好み。
　好きなカードは「ブルーメ・フォン・バロニス」