小さい動物が、猫が特に好きだった。
それはオーヴァードになっても変わらなかった。
いや、あるいはオーヴァードになって唯一いいことだったと言えるのは、動物に怖がられることがなくなったことかもしれない。
年代のわりによく育った方の上背は、人も動物もよく怯えさせてしまうものだったから。

「――あ。先にご飯上げられちゃってたか」

だから。
自分よりずっと小さなその子が、自分を恐れず声を掛けてくれたことも、よく覚えている。

会話の総量自体はたかが知れていた。
登校中の早朝か、下校時の夕暮か。そのどちらかに、猫と戯れている中で出くわす程度。
ケイト、という猫の名を聞いたのも、彼女からだった。
明るい笑顔のよく似合う、いい子だった。
祖父と孫ほどの歳の差をものともせず話しかけてくれるその子供に、彼は知らずのうちに救われていた。
名を、玉川ニコといった。


しばらく、N市を空けて任務に出たことがあった。
あと1手遅れていれば、ジャームによる被害は街1つに及んだことだろうと告げられた。
奇跡的にこちらに死者は出なかったが、ロクに鍛えても来なかった一般人が一人でこれほどの事態を巻き起こせるという脅威を覚えながら、帰路についた。
ジャーム化した相手は最悪の場合殺害せねばならないが、今回は凍結保存で済ませることができた。後味の悪さの中にほんの少しの救いを見ながら、帰路についた。


少女が死んでいた。
あの猫が轢かれそうになっているのを助けようとしたのだという。
事故が起きたのはちょうど、彼がジャームと戦った日で。
普段であれば、彼女と語らっている刻限だった。


自分が行かなければ。自分がその場にいれば。
きっと彼女は、死なずに済んだのだ。


街一つ滅んでおけばよかったと、ちらと思ったことすらあった。
それでも、呑み下して前を向いた。


しばらくして、一人のオーヴァードが生を受けた。
そのオーヴァードの名は、二子玉川ケイト。


愛らしい少女の面影と愛らしい猫の面影を共に持つ彼女の姿は。
乗り越えた後だからこそ、彼の心に重くのしかかる。


――――――――――――――――


そうして、いくつもの出会いと別れを経て、彼は生きてきた。


トーマ・ケヴィン。アニー・クビラ。葛西呉香。万紫閃紅。
……イザベラ・ヨギ。そして、羽場見来兎。


誰かを救いたくて、足りぬ力を他に求めた。
そうして得たのが、遺物――"鬼切の古太刀"だ。

｜彼女《二子玉川ケイト》がいなければ、少女と猫が死んでいなければ、きっと手には入らなかった。
その事実からは目を逸らした。

だが。
そうしている間に、イザベラは死んだ。
そして、得た力でも少年は救えなかった。

つまるところ。
「間合い」を操ることができる力を得ておきながら。
「間に合わない」のが、彼の人生だ。


結局、彼はどこまでも無力だ。
だから彼は、自分を人間と定義する。
すべてを救える神でなく、何かを滅ぼす化物でなく。
救おうと足搔いて、救えなくて、それでも拾えたものを数える、人間として。