幼いころに親に捨てられ、残飯を漁って生き延びていた彼は、ある日突然超常の力を得る。その力は、彼がその時求めていた、物を作り出す力と人から奪う力。彼が求める居場所は表社会だが、彼の得ることができた力は裏社会で生きることに都合がよかった。その力の使い方を理解し、人から奪って金に換え、その金でいろいろな料理を再現して……と、ホームレスとは思えない生活が裏社会で噂になりだした頃、FHが彼に声をかけた。

　彼が生まれた家は、子供一人を養う力もない貧乏な家だった。理由は簡単、親が戸籍を持っていないからだ。戸籍のない親二人とその子供。この家庭は書類上存在しないはずであり、生活保護も受けられない。そんな家で子供を養えるはずがなく、赤子であるのにで捨てられてしまう。彼をこき使おうと考えた、比較的余裕のある裏社会の人間に拾われ一命はとりとめたが、その人間も、彼が5歳の時に死んだ。残された彼は、家も、金も、食べるものも。そして何より、名前すらも持たぬままに、彷徨うこととなった。

　そんな彼に転機が訪れたのは、彼が8歳の時だ。きっかけは、裏路地に入ってきた小学生たち。同じくらいの年の子が、冒険と言って歩き回っている。それが気になった彼は、その小学生をつけて、表の世界の眩しさを知った。そして同時に、その世界に強い憧憬を抱く。その、強い強い気持ちに反応してか、彼はオーヴァードとして覚醒し、幸せそうな居場所を得るために、それしか知らないから、人から奪い、模倣し、作り出す力を得た。それは、彼がこれから様々なものを得る先駆けだった。
　FHが彼の噂を聞きつけ、彼がFHに所属し、そして初めて名前を手に入れたのは、それから1年後のことである。

　今まで知らなかった物を分析し、作り出し、それを使い捨てにする。人の持つモノを真似て、奪い、使う。彼がモルフェウスとウロボロスのクロスブリードに覚醒し、そして泥棒という生き方を選んだのは、彼がそれしか知らないからだ。彼に生き方を教えた男も、そうであったから。
　彼の持つ物は、名前ですらも、一つとして彼のものではない。しかし、それを当然だと思っているなら、何の問題があるというのだろうか？

「なあ、"砂塵"の親の噂って知ってるか？」
「あ？あいつ捨て子だろ？親分かったのかよ」
「噂って言ったろ？いや、何でもな、UGNにあいつそっくりの奴がいるらしいんだよ。対峙した奴は、"砂塵"が裏切った！と思ったらしいんだが、どうもおかしいんだ。そいつ、モルフェウスらしいエフェクトなんて使わなかったらしくてな」
「ふーん、それで？」
「疑問に思ったそいつは、その男の素性を調べた。UGNエージェント、沖田恭弥。戸籍はUGNが無理やり偽装した形跡があり、戸籍上の両親とは似ても似つかない。本当の親は、どうもジャーム化して沖田本人に殺されてるみたいだが、戸籍上存在しない人間で、裏社会で成功を収めていたとかなんとか」
「……それが"砂塵"の親で、UGNの奴は兄弟だったって言いたいわけか？」
「そう！」
「馬鹿らしい噂ってとこだな。……あ、でもこれ、"砂塵"本人には伝わんねぇようにしろよ？」
「え？あ、あぁ。そりゃそうだが、なんでそんな念押しするんだ？」
「決まってんだろ？あいつが『兄弟が表社会の居場所を得て暮らしてる』なんて知ったら何をしでかすか。そいつから奪いに行くならまだいいが、FHを離反してUGNに行く可能性だってあんだろ？」
「ああ～、そりゃ、確かに」

──ある日のFHエージェントの会話