「いーいーなーいーいーなー、にんーげんーっていーいーなー」
“ソレ”がまだカタチを持たずに“ソレ”でしかない頃に彼女が歌っていた。
「わたくし、この歌きらいなんですの。だって、ねがうだけじゃないですか。」
“ソレ”は“ソレ”のまま、『彼女』の言葉を聞いていた。『彼女』の言葉は、むずかしい。
「だから、わたくしはがんばるんです。がんばっておかあさまに負けない立派なれでぃになって、おとうさまみたいな素敵な人のおよめさんになるんですの!願うだけじゃ叶いませんから。叶えるんですの!ねだるな、勝ち取れ!ですの!」
“ソレ”はやっぱりよくわからない。でも、そう語る『彼女』は左右のくるくるをはねさせて、キラキラしていた。
「あ、もうこんな時間ですわ!おけいこに遅れてしまいますの!」
そうして『彼女』は“ソレ”から立ち去って行った。“ソレ”はやっぱりよくわからない。ただ、ずっとずっと、『彼女』がいた場所に。“ソレ”のまま、ずっといた。
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“ソレ”が待ち続けて、明るいのと暗いのが交互に何度か。そうしたら、『彼女』が来た。“ソレ”はやっぱりよくわからない。けれど、いまだカタチを保ったまま。“ソレ”は“ソレ”として、いつかのように。
「今日もいたんですの?ひまですわね!それじゃあ今日もわたくしがおはなししてさしあげますわ!」
“ソレ”は『彼女』の話を聞く。左右のくるくるをはねさせて、キラキラしてる『彼女』の話を。よくわからないけど、“ソレ”は“ソレ”のまま、くるくるしてる『彼女』のキラキラをカタチを保ったまま聞いていた。
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そうして『彼女』と“ソレ”は何度も繰り返した。会って、去って、会って、去って。いっぱいくるくるな『彼女』はキラキラしていた。“ソレ”はいまだカタチを保っている。またキラキラしているくるくるな『彼女』と会いたいと。“ソレ”は初めて、願いを持った。
「……ごきげんよう」
キラキラしてない。心なしか左右のくるくるもしんなりしている。“ソレ”は落ち着かなくなる。キラキラしていない『彼女』を見るのははじめてだったから。
「今日学校で検査がありましたの。そしたらなんか、わたくしが適合者?とかいうのらしくって。すごく名誉なこと?らしいんですけれど……おとうさまとおかあさまから離れなくちゃいけないとか……。名誉なことなら、おうけするのがいいんですけれど……でも……。わたくし、はなれたくないですわ……。おとうさまとも、おかあさまとも。あなたとお話しできなくなるのもいやですわ……。」
“ソレ”はよくわからない。なんで『彼女』がこんなにキラキラしてないのかって。でも、“ソレ”は思った。こんなのは嫌だって。だから“ソレ”は蠢いて。
「ひゃっ!な、なんかおどろおどろしくなってますわ?怒ったんですの?……いえ、元気づけてくれてるんですの?ふふっ、ありがとうですの。そうですわね、願うだけなんてわたくしらしくありませんわ!帰っておとうさまにお願いしてみますわ!わたくしはなれたくありませんって!」
彼女は、キラキラしてくれた。“ソレ”はよくわからない。でも、いやじゃなくなった。去っていく彼女を見る“ソレ”はいつもどおり、カタチを保ったままだった。
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「ごきげんよう!やってくれましたの!おとうさまが断ってくださるって!これでおとうさまともおかあさまとも一緒にいられますわ!あなたとあえなくならずにすみましたわ!あ、あくまでついでですからね!勘違いなさらないでくださいましっ!ふっふっふーっ!それじゃあきょうはわたくしのとってお———」
パンっ。“ソレ”にはよくわからない。音が響いたと思ったら、いきなり『彼女』がたおれてきた。赤いものが、ながれてる。
「おいおい、それ実弾じゃねぇの?」
「あぁ?別にいいだろ。こーゆーのはとっとと処理しとくに限るんだよ。UGNのクソどもに漏れる前にヤっとくのがクレバーなやり方、ってな?わかる?そこんとこ。それによぉ、ある意味慈悲だぜぇ?だって麻酔銃使ったら連れて帰らなきゃなんねぇだろ?そこで実験やらなにやらされるよりここで死んでおいた方がよっぽどいいっておもわねぇか?」
「とかいってて、ほんとはお前ガキやるのがすきだからだろ?」
「ハハッ!せーかーいっ!やっぱりよくわかってんなぁ相棒!」
「うっせぇよ。ほら、とっとと死体かついでずらかるぞ。」
「あ、俺、箸より重いもの持てないんでー」
「うるっせぇ!とっとと仕事しろや!」
キラキラしたくるくるな『彼女』が動かなくなって、別の知らないのが来た。
二人組は彼女に近づいてくる。“ソレ”はやっぱりよくわからない。よくわからないけど、近づかせたくない。そう思った。でも、“ソレ”にはない。カタチはあれど、チカラはない。
“ソレ”はおもった。『彼女』のキラキラを失くしたくない。“ソレ”は願った。『彼女』のキラキラを守りたいと。
“ソレ”は、望んだ。
だから———“ソレ”は喰らった。
「でよぉ、昨日食った女がよぉ」
「はいはい、それはよかったな……ッて、おい、あれ……!」
「はぁ?ちゃんと聞けやボケが。って、なんで死体が黒く……!」
『わたくし、この歌きらいなんですの。だって、ねがうだけじゃないですか。』
ねがうだけで、いちゃいけない。
『だから、わたくしはがんばるんです。がんばっておかあさまに負けない立派なれでぃになって、おとうさまみたいな素敵な人のおよめさんになるんですの!』
おもうだけで、いちゃいけない。
『願うだけじゃ叶いませんから。叶えるんですの!』
叶えるのは、“自分自身”。
『ねだるな、勝ち取れ、でしてよ!』
わかっております。だから———“わたくし』は、叶えますわ。
「“わたくし』がくれたキラキラを、『わたくし”を“わたくし』にしてくれたキラキラを、『わたくし“自身を、失くさない———!」
呼応するは胸の奥。決して折れず、曲がらず、一直線に貫き続ける。
『わたくし』が宿し、今“わたくし”を滾らせる賢者のドリル。
『彼女』と"ソレ"の二重螺旋。今、一つに。
———さぁ、始めましょう?“わたくし』たちの闘争を———
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『彼女』がいつも帰る時間。そこにはいつも通り『彼女"が一人。だって“ソレ”は領域を感知するチカラを無意識に行使していた彼女にしか見えないものだったから。だから、いつも通り。二人組は何時しか消えて、『彼女』を喰らって混ざりあったモノが“彼女』としてあるだけで。ただそれだけで、いつも通り。
そんないつも通りのなかに一つの異物。それは彼女に声をかける。
「探しましたよ、お嬢様。旦那様がお話があるそうです。」
“彼女』は声に応えながら、『ソレ”があった場所へと一瞥したあと歩き出す。
鈴の鳴るような声で、いつかのように。
「でんでんでんぐりがえって———ばいばいばい」
そうして時がたち、彼女は都内の高校に進学した。今日も級友たちの喧騒が耳に心地よい。そんな中、不意に耳を打つ言葉があった。
「———ねぇ、スワンプマンって知ってる?」