雪。

春過ぎ、季節外れに降る雪を見て、彼──「志麻 凪紗」──は久方ぶりに、故郷の春を思い出した。

彼の故郷では春にすら雪が降る。

春に降り積もった雪は暖かい日差しで溶かされ、山から崩れ落ちる。
『山下り』──彼の地域では、雪崩をそう呼ぶ。

真っ白な雪に足跡をつけ、一歩、また一歩と、ギュッギュッと言う音を楽しむ。
彼はこの暇潰しを心から気に入っており、とくに雪の多い山の近くでこの無駄とも言える行為をする事が多かった。

運悪く彼が『山下り』に遭遇した日の話だ。

積もった雪に気を取られ、いや…それどころか足も取られてしまっていた彼は死を覚悟した。
覚悟も虚しく──雪の巨大な塊は目の前で爆散した。

困惑する彼の目の前には、いつの間にかくたびれた壮年の男性が立っていた。

凄い、という感情が湧く前に、志麻 凪紗の脳は『ロマン』という単語に支配された。
ああ──あれがロマンなのだ。

感嘆の目で見る少年を後目に、目の前の男はこう言った。
──どうしてこんな所に子供が居るんだよ。と。

実のところ、少年は『家族』を知らなかった。
一人で育ち、一人でカネを稼いでいた少年。
何処か自分と同じ。それを察した男は、少年を拾うという決断を下した。



男は協会──「エントリヒ協会」──という犯罪組織の構成員であった。
現在の少年…「志麻 凪紗」と同じくロマンを追うもの。
現在彼が組織でロマンの何たるか、文字の書き方、ロマンの何たるか───そういったくだらないものを教えているのは彼の趣味では無い。

彼の持論によれば、
『ロマンとは人に教わるものでは無い』との事で、人に教えるというのは彼の持論を真っ向から否定していた。
だがしかし、それを教えているということは──催促されたのだろう。

拾って数日、教育を初めて数十日。
組織の皆が笑顔であった。
───教育係兼師匠である男を除いて。



はぁ、と白いため息を吐く。
過去の少年──現在の青年である彼は顔を上げた。

目の前には、過去の自分と似た少年がいる。


俺が今向き合っているのは、男が少年を拾うと決めた時の心境と同じ物なのだろうな、と彼は思った。

──『山下り』。
ソレが新たなロマンを生むことを願って、彼はホルスターから銃を抜き、少年を襲う雪に突き付ける。

どうやら師匠も自分と同じ選択をしたのだろう、と志麻凪紗は感じていた。