榊平良は、生まれながらに「観測すること」に魅せられた子供だった。
他の子供が走り回って遊ぶとき、彼は夜空を見上げ、星の位置をノートに記しては「なぜ人はこれを美しいと感じるのか」と母親に尋ねて困らせた。

病弱だったため走ることや喧嘩は苦手だったが、代わりに細かい変化や数字の並びを見抜くのは得意だった。
「観測すれば理解に至る」――それが彼の幼心に刻まれた最初の真理だった。

UGN傘下の大学では分子生体工学を専攻。人体におけるレネゲイドの適応についての論文を執筆し、その異常な解析眼をUGNに見出された。
ほどなくして彼はノイマンとして覚醒。脳が情報処理に最適化され、戦場の動きを数値化・最適解として提示できるようになった。

彼は自らの在り方を「観測者」とした。
「私は戦う者ではなく、観測し、記録し、導く者です」

しかし、現場での惨状を目にするたびに、平良は痛感する。
「観測だけでは、人は救えない」

データを取って結論を導いても、手を伸ばせなければ人は死ぬ。
その矛盾に苛まれた平良は、ついに禁忌に手を伸ばした。
――ブラックドッグ因子の導入とサイボーグ化。

彼は自分自身を実験体とし、義肢、人工筋肉、神経加速インプラントを埋め込んだ。
これはUGNの公式研究ではなく、あくまで「個人研究の成果」。
失敗すれば廃人になる可能性もあったが、観測者としてではなく、行動する力を欲したのだ。

結果、彼の体は「人の限界」を超えた。
白衣の下に隠された外骨格、人工筋肉の唸り。
そして「戦えば勝てる」という確信。
だが同時に彼は、人間性を削った感覚を覚えるようになる。

「私は……どこまで人間でいられるのだろうか」

ある日、UGNの研究ログの中に「オーヴァードを人間に戻す薬」の記述を見つけた。
それは断片的な噂に過ぎなかったが、彼には強く刺さった。

もしその薬が実在するなら――

自分の体に刻んだブラックドッグの因子を取り除けるかもしれない。

同じく身体を改造された者、実験で失われた人間性を取り戻せるかもしれない。

あるいは、未来の子供たちが自分のような道を選ばなくても済むようになるかもしれない。

観測者としての興味ではない。
研究者としての責務でもない。
これは――人としての願いだった。

平良は上司・霧谷雄吾に報告し、調査許可を得た。
調査先は冴塚市。そこに薬の手がかりがあるとされていた。

榊平良は一貫して「観測者」であろうとする。
感情に流されず、冷静にデータを取り、最適解を導く。
だからこそコードネームは「星の観測者（スターゲイザー）」。
星を見上げる者、観測する者。

だが実際には、自らの体を兵器に変えてまで「戦う力」を欲した。
観測者でありたいのに、戦場では兵士になる。
人間でありたいのに、義肢と人工筋肉が彼を人間から遠ざける。

その矛盾こそが彼を突き動かし、同時に苦しめている。