生まれた時からこの人生は窮屈だった。

　身分と周囲からの視線を過敏に気にかける両親。厄介な家系に巻き込まれぬようと距離を取る周囲の人間。勤勉であれ、優秀であれ、屈強であれ、快活であれ。押し付けられて理想の殻に閉じ込められて塗り固められたかたちを保つことが唯一の「正解」とされ育った。
　そんな状況下でまともに育つだけの才能はなく、抑圧された環境で捻じ曲がった性質と性格は留まることを知らず。不快感から逃げるように家を空け続けていたある日のこと。
　父親の不貞が発覚。発狂する母親に火に油を注ぐ周囲の視線。あれよあれよと家庭は崩壊。最終的には互いを憎み合い離縁。たった数週間の出来事。

　尤も、どれもこれもどうでもいい話だ。その後の方が男にとっては厄介だったのだから。

　放り出されて数日。どうしたものかと彷徨い続けたある日、声がかかる。それは甘言。随分都合のいい言葉。行き場を失くした人間達の集う場所がある、なんて。よくよく考えればまともでないことなど明白なのに、考えの甘い若造は簡単に釣り上げられた。

　切り刻まれた。薬を飲まされた。水に沈められた。内臓を抜き取られた。火で炙られた。酸素を奪われた。爪を剥がれた。指を潰された。同じことの延々繰り返し。
　そこはFH系列の実験施設か何かで、モルモットが欲しかったのだろう、と理解するに至ったのは、頭が随分回って、足元に落ちる影が自在に動くようになってからだった。
　　おめでとう、なんて心にもない言葉がじっとりと耳に張り付く中。何もかもが恐ろしくなって逃げ出した。幼少からの逃げ癖は、この頃から加速していった。

　逃げ続ける中、誰の手も取らず取れずでたった1人で暗闇の中を歩き続けた。追手を振り払い、理性を失くした獣を殺し。生きるためにただただ必死だった。
　殺されないよう脅かされないようと振るい続けた力は、いつの間にか日陰で囁かれるようになり。優秀たれと注がれ続けた視線は「ジャームを殺す｜怪物《けもの》が出る」なんて、笑ってしまうような視線に変わっていった。
　案外どうとでもなってしまうじゃないか、と。安堵と僅かな驕り、諦観。それらが少しずつ今のスタンスを築き上げて、今日へと至った。

だらだらと日々を無為に過ごしていたが、とある一件を機に小佐古支部へと転がり込む。
　……が、心を入れ替える気もなければ支部の歯車になるつもりもない。安定した環境で行うといえば、酒に煙草に博打三昧。感じるのはちくちく刺さる子供たちの視線と鋭い小言たち。
　だが、なんだっていい。どれだけ文句を言われようが、どれだけ疎まれようが。ここに居続ける意志だけはある。

　大人、って奴は厄介だ！なけなしのプライドと矜持が、逃げ癖のある男の逃げ場を失くすのだから。