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「いらっしゃいませ。『菓子・おおかわ』へようこそ」

資産家・松倉昭幸の息子。元格闘家・"スコーピオン"松倉尋海の兄。
そして町のケーキ屋のおじさん。
名乗れる肩書はいくつかあるが、自分で背負ったのは最後のひとつだけ。

弟・尋海が生まれつき文にも武にも秀でるあまり、齢一桁の頃から同世代の誰をも見下す傍若無人の極みにいたので
そんな彼に他人を認めさせるための手段として金儲けに勤しんだ、ちょっと方向性が迷子気味の頑張り屋。

ケーキ屋を営んでいたが、店が軌道に乗った30代後半から現場は人に任せ、本人は投資でひたすら資本を稼いでいた。
「資本もシフォンも、ちゃんとポイントをおさえないときれいに膨らんでくれないんだよねえ。
　……あはは！　今日は冷えるねえー！」

60歳を機に店も人に譲り、悠々自適な隠居ライフを送るつもりだったがある日健康診断に引っかかった。
定年退職して第二の人生をと思ったら病気に倒れ、あれよあれよという間にこの世を去った友人のことを思い出してはひやひやしていたが、引っかかった理由は病気ではなかった。

「なあ、ひろくんさ、命懸けで闘うってどんな感じ？」
「べつに」
「べつに？」
「うん。べつに。仕事だったから、俺には」
「そうかあ」
「まあ、兄さんには縁のない話でしょ」
「……うん、そうだねえ」

結婚も子を授かるのも早かった弟は、なんとそろそろおじいちゃんになる。
格好いいところを直接見せてはやれないが、精一杯、まだまだ、格好つけようと思った。

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