化け物は化け物だ。
どんな種族だろうと関係ない。人間にとっては、人間かそれ以外かしかないのだ。
私は、⬛︎⬛︎家の一人娘だった。
茶道に華道に和歌に刺繍に、昔から沢山習い事をさせられて。
私は恵まれているのだと、母は言った。
確かに恵まれているのだろう。でも、それより私は外に出てみたかった。
何にも縛られず、自由に太陽の下でお散歩したかった。
遠い国には、色々なお菓子があるそうで。
⬛︎⬛︎家に付け入ろうとする人々から、沢山の贈り物をされた。
話を聞けば、私の想像はどんどん膨らんでいって。
…でも、結局家に縛られたまま、知らない人と結婚させられそうになって。
全て忘れたくて、山奥に逃げ込んだ。
入ってはいけないと、昔から教えられた山。
何故入ってはいけないのだったか、はたと思い返すも、何より此処から逃げたかった。

然し、慣れない人間が山に入ればどうなるかなど想像に容易く。
いつの間にか暗くなった周囲。
月明かりを頼りに歩き続けるも、限界がやって来て。
へたり、と座り込み、空を見上げる。
嗚呼、お月様がお団子みたいだなぁ、なんて。
こんな時でも、気楽なものだった。
がさり、と音がする。
熊だろうか、猪だろうか。食べられてしまうのだろうか。
さぁ、っと血の気が引き、ぎゅっと目を瞑る。
美味しくないです、食べないでください、と胸の中で祈りながら身を縮める。
｢お前…こんな所で何してるんだ？｣
低くも、気遣うような優しい声。
驚きながらぱっと上を見上げれば、大きな身体に角を生やした男が此方を伺っていた。
｢あ、あのっ…｣
途端にくぅ、と鳴るお腹。
初対面の人に、挨拶をする前に、はしたなくお腹を鳴らして。
顔が熱い。どうしよう。こんな、
｢…腹が空いてるのか？｣
くす、と微笑みを浮かべながら手を差し伸べられる。
訳が分からず彼の顔を見ていると、不思議そうに首を傾げながら来ないのか？と問われる。
此処に住んでいる人なのだろうか、おずおずと手を取れば、強く手を引かれる。
驚いた声を上げれば、私より驚いた様な、怯える様な瞳が揺らいだ。
｢…すまない、痛かった、か？｣
首を横に振れば、ほっと胸を撫で下ろす。
この時、初めて人の優しさに触れた気がした。