私はクラン＝ベルで上級神官の娘として生まれた。
小さい頃の私は他の子よりも物覚えがよかった、他の子よりも機敏に動くことが出来た。そのおかげもあって、みんなに褒められて期待された。
きっとお母様の．．．いえ、お爺様の血が優秀だったからだろう。
　それでも、私がそんな夢を見ていられたのは、たった数年の間だけだった。
年を経て成長するごとに、私自身の無能さがどんどんと露呈していった。
誰よりも早く物を覚えたところで、上手に表現することが出来ない。誰よりも機敏に動けても、突き出した剣は見当違いの場所を貫くだけ。
他の人よりいつも先んじていた私は、いつの間にか誰よりも要領の悪い出来損ないになっていた。
そんな暗い影を落としていった私の人生に引っ張られるように、私自身も暗く臆病な人間になってゆく。
そんな私に対しても、お母様やお婆様、メイドのシオンは優しく愛情をもって接してくれた。
それでも、かつて彼女たちの瞳の奥にあった、まるで綺麗な宝石を見るかのような期待の輝きはもう無かった。
　そんな彼女たちの変化に気づくのが怖くて、私は彼女たちにレッテルを張った。
『ダメな私を、それでも愛してくれる大切な人たち。』
私は、私自身の世界をそう作り替えた。すると私の世界は一気に呼吸がしやすくなる。周りの人間に「良い人」を押し付ければ、自分の無能さを直視しなくて済むのだ。
　それでも、そんな私の世界で唯一思い通りにならない人がいた、お爺様だ。
お爺様も他の人たちと同じように私を大切にしてくれた、私を愛してくれた。それでも、私がお爺様に何度「良い人」を押し付けようとしても、あの全てを見通すような透き通った翠緑の瞳がそれを許さない。
私はあの目で見られると、矮小で小賢しい自分の内側を全て見透かされているようで堪らなく怖かった。だから私はお爺様と話すとき、ふやけたような笑顔で、甘ったるい猫なで声でしか話せなくなった、そうした「甘えん坊な孫」として接すれば、あの目を直視しなくて済むから。
　それでもお爺様は全てわかっていたのだろう。ある時、お爺様は私に提案した。
「ウィンプ、旅をしてみないか？」
曰く、貴族としてフェルミオンの家を継ぐために、旅をして見識を広めるべきだと。
もしかすれば、旅の道中で自分の本当にやりたいことが見つかるかもしれないと。
お爺様はそう言って、私に旅を勧めた。
しかし私は、お爺様の真意を知っている。
お爺様は以前から、私のいない時を見計らって、お母様たちに提案をしていた。
「このままこの国に置いていたら、あの子は皆に笑われ、心無い言葉を投げかけられるかもしれない。」
「外に出して、刺激を与えれば、何かが変わるかもしれない。」
「あくまでも彼女の為だ」と、いつも神殿や元老院でそうしているように、言葉巧みにお母様たちを説得するお爺様の声を、私は扉越しに聞いていたのだ。
だから抵抗はしなかった。出来なかった、もし少しでも抵抗すれば、私の作り上げてきた世界が崩れ去ってしまうことを分かっていたから。
厳しい真実では無く、優しい嘘で私の背中を押すことが、臆病な私へのせめてもの慈悲だと、理解していたから。
「とっても素敵ね！！私、旅をしてみたいわ！！」
いつも通りの猫なで声で、私は答えた。
　出発する前日、お爺様に呼び出された。
「呼び出してすまないね、ウィンプ」
「どうしたのお爺様？やっぱり寂しくなったの？」
いつも通りの調子で言葉を投げかけ、いつも通りお爺様の膝へとすり寄ろうとする私に、お爺様はただ優し気な表情で、しかし有無を言わさぬ雰囲気でもってお爺様の正面にある席を勧める。
その迫力に負けお爺様の正面の席に座ると、数年ぶりにお爺様と正面から視線を交わす。相変わらずその瞳は、綺麗な翠緑の色をしていた。
「旅は不安かい？」
お爺様から問いかけられる。
「まさか、とっても楽しみよ！！」
その問いに、首を縦に触れるわけがなかった、一度でもその胸の内を認めてしまえば、きっと私の足は動かなくなる。
そんな返答を聞いて、お爺様はまた、いつも通り優し気な表情を浮かべる。
　不意にお爺様が身を乗り出し、その節くれだった大きな手で私の頬を包み込み、目をのぞき込んできた。
「いいかい、ウィンプ。今からとても大切なことを言うよ。」
激しい鼓動の音と、翠緑の海だけになった私の世界に、お爺様の声が流れ込んでくる。
『臆病な自分を、大切にしてあげなさい。』
最初、意味を理解することが出来なかった。いま目の前にいる、どこか空恐ろしくも大切な私の祖父は、今の自分の元凶であるこの臆病さを大切にしろと言ったのだ。
何故？自分にこのままでいろと言うのか？猜疑心や混乱のせいでぐちゃぐちゃになった私の胸の内と対比するかのように、お爺様の瞳は、やはり綺麗に透き通っていた。

お爺様、偉い人。

お母様、基本優しい。基本。

お父さん。

お屋敷にいたときに遊び相手になってくれたエルフのメイド。
仕事はきちんとこなすが、教えたことを何の疑いも無く信じ込むウィンプをよくおもちゃにしていた。しかしウィンプ自身はついぞその事実に気が付くことは無かった。
ウィンプは、彼女に「メイド服は働く女性の戦闘服」と言われたため冒険に出る際の服装をメイド服風にデザインしてもらった。元凶は爆笑したが訂正はしなかった。

お屋敷にいたときに遊び相手になってくれたリカントの守衛。
若干怠け癖があり、仕事をさぼってウィンプとよく森へ遊びに行っていた。
冒険者上がりで粗野な言動をしており、ウィンプがそれを真似てしまい彼がシオンにお仕置きされるまでが一連の流れ。「姐さんも似たことしてるじゃないっすか・・・」とは本人談。もちろん膝の石板が追加される。