息が切れる。
汗が止まらなくなる。
全身が悲鳴を上げている。
「あ・・・」
気づけば腕が痙攣していた。
「よし、今日はこんなところか」
鍛造作業を中断する。
大きく息を吸う。
朝起きた時よりも涼しい空気が全身を支配する。
この瞬間が一番気持ちいい。
「さて、今日は何食べようか。猪でも探すかぁ」
彼は無人島にいる。
無人島に一人いる時点で無人島ではないのだが、彼は人の形こそしているが人ではない。「刀」である。
だからやはりここは無人島で間違いないのだろう。
「お？なんだ？獣・・・ではないな」
今、この島は有人島になった。

虚刀 心渡(きょとう こころわたり)。
虚しい刀と書いて虚刀。
この刀には一般的に刀というものが存在しない。
あるのは人の身体だけである。
刀の唯一の弱点とされる”持ち手”という名の問題を解決すべく打たれた一太刀。
例えどんな業物でも妖刀でも名刀でも持ち手が弱きものであれば、その価値は鈍と変わらない。
だが、それが人であれば、その刀はどんな持ち手でもその価値は変わることはない。
両腕の存在しない者でも”切る”ことができる。
そして人であるが故に、その刀はどこまでも経験し、成長する。
人の身体を媒体とし、魂を注ぎ、鉄を以って作り上げた、魔動人格。
この世界に転生した刀鍛冶が最期に作った虚刀である。

驚いたわ。話は本当みたいね」
試しに斬らせてみた木々や岩を眺めながらこの島にいる”ただ一人”の女はそう言う。
「確かにこれは単に折ったわけでも、砕いている訳でもない。しっかりと斬れているわね」
「で、わかったなら帰ってくれないか。俺はまだ鍛造中なんだよ」
「へえ、"修行"ではなく"鍛造"と。刀としての自覚があるのね。それで、あなたはこの島にたった一人なの？」
「一人？ああ、俺みたいなやつは一本しかないな」
「なら私と一緒に来なさい。このままこの島にいたらその刃が錆びてこぼれ落ちてしまうわ」
「なるほど。じゃあ、あんたが俺の主になるのか」
「主？」
「あー、俺の使い手のことだ」
「...刀であるあなたを振るう者...使い手のことをあなたは主と呼ぶのね」
「いや、わからない。でもそうした方がいいと思った。そう思ったんだからきっとそうなんだ」
「私は刀剣を振るうのは好きじゃない。
だから、私はあなたの主にはならない。でもここにいるよりもずっと刺激的で、色んなものを斬ることができる場所を知っているの」
「そうか。まぁいいや。俺をどう扱うかは人が決めることだ。俺はあんたに従うよ。俺は刀だからな」
「なら船に乗りなさい。あなたを外の世界に連れ出してあげる。
...で、その前に、あなた服はどうしたの？」
「服？なんだそれ」
彼は無人島育ちである。
当然、社会常識なんてものは持ち合わせていなかった。