両親は不明。　一族の者は萃穿以外は死去しており、天涯孤独の身で誕生した。
　由緒正しき家か、呪いを持つ身か。　神社に引き取られる事となり、幼い頃から巫女の修行を重ねる日々を過ごす。
　その修業は日に日に厳しいものへと変わっていき、成長した後にも萃穿は何度も生死の境を繰り返すのであった。

　苦しい修行の毎日。　宛がない身の彼女は逃げる事は出来ず、ついに病に倒れてしまう。
　布団に入っても、凍えるように冷たい身体。　静かになっていく心音。　……止まる呼吸。
　……―――自分の命が消える瞬間を味わうのであった。

　冷たく静かな死を迎えた萃穿。　しかし、彼女は息を吹き返して意識を取り戻す。
　目が覚めた時、神官は厳しい表情のまま自分に対して地に頭を付けて詫びの言葉と共に真実を語り始める。
　萃穿の先祖が魔獣を討伐した英雄である事、魔獣の呪いを先祖が受けている事、――その呪いが萃穿に降り掛かった事を。
　これまでの厳しい修行は魔獣の呪いを耐える肉体と精神を養う為に重ねた事。　彼女は真実を知るのであった。

　神官の言葉を萃穿は信じた。　いや、信じるしかなかった、と言うべきだろう。
　金色の髪、蛇のような橙の瞳、死人に近い白い肌と冷たい体温、――毒の力と魔の血を宿した身体。
　…まるでバケモノではないか。　そんな考えが頭に過るが、続く神官の言葉に意識が奪われるのであった。

　…――この命をあなた様に捧げます。　望むのなら自刃を、あるいは拷問に掛けても構いませぬ。

　優しさの欠片を一つも見せなかった神官が吐いた言葉。　自分に差し出される短刀。
　その言葉と行動から萃穿は気付いた。　彼も、自分と同じ境遇である事を。　命を落とす立場である事を。
　…恨みがないと言えば嘘になる。　彼のお陰で生き長らえたと言っても、バケモノの身は生きていると言えるのだろうか。
　彼を許す事はできるのだろうか？　許せないなら彼の命を奪うか？　……それでは、本当にバケモノではないか。
　短い時間の長い沈黙の後、萃穿は神官を許した。　彼自身が己を許せない事を理解しながらも彼を許したのであった。
　
　そして、彼女は旅に出る。　一族の呪いを解くために魔獣を倒す旅へ。
　魔獣はどこにいるかは分からない。　あるいは東方以外の大陸にいるのかもしれない。
　困難な道のり。　…それでも彼女は諦めない。　例え、避けられない結末を迎える事になったとしても。
　一族の因縁を断つ為に萃穿は歩み続ける。　いつか、全ての運命が終わる事を信じて。

　余談だが、使命より人助けの方を優先する理由は「人の心」を忘れない為である。
　人の為に働く事は人の心を触れる事となり、萃穿自身も安らぎを感じる一時を感じる為に人助けを繰り返す。
　もっとも、過度な助けは迷惑になる事も理解しており、やり過ぎないように心がけている。　
　

　蛇の魔獣の呪いに関しては肉体の変異が挙げられる。
　毒の力と魔の血が覚醒められると共に、副作用と言うべきか容貌が大きく変化する。
　髪は脱色し、瞳は蛇に近く、肌は白くなり、体温が低い事を除けば西方人と近い容姿となる。
　この変化は毒の力により人間の生命機能が大きく蝕まれ、代わりに魔の血で生き長らえてる状態と言える。

　その関係上、呪いに覚醒めた巫女は毒の力の影響から長い年月を生き長らえる事はできない。
　助かるには妖魔や魔族と化すか。　あるいは元凶の魔獣を討ち倒し、呪いに打ち克つ事を証明するしかない。
　幸いにも、呪い自体は寿命を除けば宿り主に力を与える効果が備わっており、代々の巫女は魔獣と戦い続けている。
　そして、何れの巫女も魔獣を完全に討ち倒す事ができず、心半ばに散っている。

　巫女の命が潰えて魂と化した時、最後の呪いが発動する。
　それは巫女の魂を魔獣が喰らい、新たな生命を産み落とす―――新たな巫女を誕生させる。
　その巫女は力を覚醒め、再び魔獣を挑もうと繰り返し続けるという呪い。

　この呪いは契約。　解除するには魔獣が死ぬか、巫女の精神が挫けるか、この二択。
　なぜ、魔獣がこの契約を持ちかけた事は不明。
　ただ言える事は、この契約を受け入れた家の者は英雄となり、魔獣の力は八つに分かれた事だけ。
　語られる真実はここまで。　萃穿自身も、ここまでの真実を全て知っている。