リウが久しぶりに帰った2年前の夏。ヴェスティエ家はゴブリンの集団に襲撃されていた。そのちょうど最中にリウは帰宅したのである。
両親も兄妹も戦うすべを持たなかった。リウもまた、神に祈ることしかできなかった。結果、なんとか両親は生き延びたものの、10歳だった妹と、彼女を最期まで抱きしめて守っていた兄が死んでしまった。
リウは非常にショックを受けると同時に、自分の信仰心をひどく疑った。自分の信仰心が低かったから、兄を、妹を守れなかったのではないか？
そこから、リウは熱心に神殿へと通いはじめる。奉仕し、祈り、善行を積むことで少しでも、次は誰かを守りたいと強く願っていた。
彼が誰かを守るのに固執するのは、もう二度と目の前で誰かを亡くしたくないからだ。

しかし彼が才能を発揮できるのは、誰かを守るための力ではなく、誰かを祝福するための力であった。

襲撃から数ヶ月。
目覚めない両親の看病のために神殿に通いながらも奉仕を続けていたリウに、一報が入る。
両親が目を覚ましたというのだ。
掃除道具を放り出して大急ぎで帰ってきたリウに、両親は言った。
「初めましてお嬢さん、君は随分と私の恋人に似ているね」
「あら、本当ね。妹ができたみたいで嬉しいわ、お名前は？」
両親は跡取りである兄と、幼かった妹を同時に失ったショックで記憶を失い、20年以上前に心が立ち戻っていた。
呆然とするリウの前で、仲睦まじく両親は寄り添い合い、初々しい恋人同士として笑っていた。
もうこの二人の間に自分はいらないのだと、リウははっきり自覚した。そして、優しく微笑んだ。
「初めまして、リウと言います」
それから、冒険者として貯めたお金を全て両親の治療費と寄付に当て、リウは二度と故郷に帰らなかった。
そんな折、願いを叶えてくれる「記憶の塔」の噂を聞いた。
といっても自分は何も願うつもりはなかった。だって、本当の願いは絶対に叶えられない願いだから。
兄も、妹も、もう二度と戻らないから。

それから、リウは善行を積む旅に戻った。
両親だった二人が幸せでありますように。笑っていられますように。
そんなことを一日に一回祈りながら、ただただ誰かに奉仕することを生きがいに旅を続けた。
きっとそうすれば、兄や妹みたいな人を一人でも救えるから。父や母のような人を一人でも減らせるから。
信仰はより深くなり、いつしかリウは誰に言われずとも、いつも愛らしく笑ってみせるようになった。
一人でも誰かが笑ってくれますように。一人でも多くの人が幸せでありますように。
女神アエマへの信仰の中へ、自分の欲が消えていった瞬間だった。

すべてを思い出した今、無邪気に自分の願いを思うことはできなくなった。
それでも、今いる3人の幸せならば、より強く願うだろう。
そこに自分は含まれていないけれど。

ただ。
ささやかな願いが、芽吹き始めている。
「みんなとこれからも仲良くいられますように」
たったそれだけの願いでも、リウが自覚するのはまだ、難しい。