メアリーにも、フィーリアにも、他者から押しつぶされて自由を奪われていることに同情をした。
打算的に動きがちな彼女も、その2人に対しては情を抱いてしまった。

そしてエイプリルの意図や組織の企みに、警戒しなければならないと気を引き締める。
逃亡に身をやつしていたものの、仲間を作ったのは守りを固めるためだ。
しかしミシャに危険が及びそうになった瞬間、己の身を呈してでも彼を守りたいと思ってしまったのだ。
いつの間にやら彼らに対して信頼を抱き、離れがたくないと感じてしまっているのだろうか？

そのような思いに首を振り己を戒めながらも、今一度相棒のマスケットを握りしめる。
自身の勝手に彼らを巻き込み、死なせてしまうなど耐えられない。
守る力が欲しい。かつての研究に手を伸ばした。

本名は「キュマリ・ベルモンド」

生まれは違法に武器を売り捌くことを目的としたネヴァーフの組織。
組織は別種族により構成された犯罪集団の傘下にあり、武器の取り扱いのみならず種々様々の雑務も押し付けられ、低賃金で搾取されることが常であった。
だからこそ非金属から貴金属を生み出す方の錬金術に執着するネヴァーフも多く、研究資料が豊富だった。
彼女の親は組織内でも上層の役職に就いていたため、重労働の強いられる部門ではなく研究部門に配属された。

彼女が働き始めたのは17歳の頃から。
錬金術師としての教育を受けた彼女は規定威力を超えた弾丸や武器のみならず、仕掛けが発動すればカースが発動してしまうような疑似呪具にまで研究を行わされた。
連綿と受け継がれてきた叡智を引き継ぎ、顔も知らぬ人々のために昼夜働いた。
仲間は偏屈でありながらルールを厳守する頑固者も多かったが、居心地は悪くなかった。
彼女も幼少期はその気質を持ち合わせていたが、次第に自由奔放に生きるようになった。

度々研究の一環と言いながら開発部門にふらふらと武具いじりに出かけたり、流通管理部門で茶菓子をくすねながら開発した武器がどのように流れていくかを盗み見たり、同族からも疎まれる遺体処理部門や拷問部門を興味本位で覗きに行ってはお偉方にどんな顔をされるかわからないと追い払われた。
楽しさはあったが、光も差さぬ地下集落にてただ酷使される日々に疑問を抱く。

20年前のある日、研究施設の隠し部屋と共に「賢者の石」の発明資料を発見する。
資料曰く、その石は万能薬にもなり、不老不死を叶え、強力な魔術を発動させるなど、使用者のあらゆる願いを叶えるものだとされた。
荒唐無稽だと思われるその発明自体は意外なことに成功しており、組織には内密に外部へと売却もした記録が残っていた。
ただし量産に向けてはあと一歩というところで止まっており、押し込められてしまっていたようだ。先人は技術独占をした上で量産化をすればいずれ富を蓄えこの生活から逃れられると夢に見ていたらしい。
恐らく搾取を同じく受けてきた先人が残した星のひとかけらだ。
材料不足のために完全再現すらは不可能だったが、代替材料はいくつか思いつく。同部門の一部の人間と共に隠し部屋を研究開発室として「賢者の石」の開発に時間を割くこととなった。

ほどなくして材料がほぼ揃うものの、何か一つピースが足りない状況というところで開発は難航。且つ仕事量も増やされてしまい「賢者の石」研究も進められない日々が続いた。
考え事ができる合間といえば三日おきの寝る直前だけだ。その間に練られ続けた彼女の仮説はついに答えへと辿り着く。
仮眠室を入れ違いで出ていくネヴァーフにその旨を伝えてから、明日を楽しみにしておいてと付け加えて眠りについた。
起きたら世界は一変すると信じて。

起床後すぐに研究開発室へと走る。しかしその場所にいたのは同志全員だけでなくローブを纏った、正体不明の異種族だった。
何事かと疑問を呈する間もなく、ここの研究は全て彼女が行ったものだと同志は口々に告げた。仮眠室で出会ったネヴァーフは、彼女だけが「賢者の石」のつくり方を知っていると淡々と報告した。
異種族は彼女を捕えれば重労働から解放してやろうと、フード越しに彼女に嘲る視線を送った。
ここのネヴァーフはルールを厳守する。それは組織から弾かれる恐怖に怯える臆病さから来ているのだろう。

命からがら地上へと這い出した。
暗さは変わらないことに違和感を覚え見上げた先には、銀の粒が散りばめられたどこまでも続く群青。
ほぼ地下に閉じこもりきりだった彼女が初めて見上げた満点の星空は息を呑むほどに美しかった。
しかし、それらはすぐに滲んでしまう。
隠れながら脱出する途中に掴んだマスケット銃を握りしめ、熱い目頭を拭う余裕さえ許されないまま山岳地帯を逃げのびた。

髪で顔の大部分を覆い隠し、帽子を目深に被り、時に容姿を利用して場を潜り抜ける。
以前と同じように髪を伸ばせないことや視界不良なことは残念だが仕方がない。
売り飛ばされそうになることや、追っ手に見つかるなど何度も危ない目に遭っていることもあり親しい友人も今やいない。
己の罪状は最新技術の窃取とされているようで、一時期は生死問わぬ条件で高い賞金をかけられ様々な輩に追われた。時には脳髄を欲する者にも出会った。

そのような経験から他者とはあっさりした関係しか築けないと、彼女は既に割り切り始めていた。
人を信じることが怖い。だが人など元々信じられるものだっただろうか。
徐々に追っ手を殺めることにも躊躇がなくなってゆく。
しかし冒険者集団への憧れはすれ違う度に募ってゆく。

暫くは逃亡の中で技術と情報を売り、時に孤児と偽り路銀を稼ぐ日々だったが、長い孤独に耐えかねてギルドを結成した。
独りの戦闘経験しか持ち合わせていないゆえに大人数で戦うことには疎い。
そのため攻撃重視の人員しかいないが、それ以外に傍に誰かがいてほしいと願い、神話の時代に希望をもたらしたエルダナーンと純粋そうなヴァーナを選んだのかもしれない。

あれから「賢者の石」を作ろうと思えば作ることはできた。
しかし開発をするつもりはもう無い。
「賢者の石」などこの世に無い。そもそも万能で完全なる都合の良いものなど存在しないのだ。
そう思うようにした。

集落からずっと連れ添ってきたマスケット銃を背負い、拭えぬ孤独と共に生き続けている。
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