イゴール・クリコーフは異なる世界からエリンディルへ召喚されたアーシアンである。元居た世界ではとある大国の軍隊に所属していたということもあり、魔導銃を扱う様には手慣れた様子を感じさせる。なお、異世界からの召喚にあたり彼が元来所持していた肉体は破棄されている。現在の彼の肉体は、故人となった娘のものである。

銃弾が飛び交う戦場に身を置いていたためか、荒事に巻き込まれてもあまり動じない。落ち着きのある人物に見える一方で、仲間意識が強く、「身内」と認めた相手に不利益が降りかかることを看過できない頑固さもある。イゴールが付き合いにくい人物であるか否かは、彼に「身内」と認識されているか否かによって評価が分かれるところだろう。

イゴール・クリコーフはとある大国の兵士だった。彼には妻がいたが、娘であるエリザヴェータの出産直後に病を患い、死別している。それ以降、イゴールは人一倍娘を大切に育ててきた。

イゴールと娘の別れは、予期せぬ形で訪れた。ある時、イゴールは国の意向により侵略戦争に参加することとなった。その決定に対し、国外はもちろん、国内でも反対の声が多く上がったが、国は侵略を強行することを選んだ。国の決定に異を唱えるための「反戦主義者」たちが徒党を組み、過激なデモやプロバガンダを繰り返すようになったのは、そんな経緯を受けてのことだった。

エリザヴェータは、そんな反戦主義者たちが行うプロバガンダの標的にされ、悪意と計画性を持って惨たらしく殺害された。イゴールの耳にその事実が伝わったのは、彼が無辜の命を手にかける罪悪感と共に戦場から帰還し、娘の笑顔に救いを求めようとしたときのことだった。

戦場から戻ったイゴールは、足取りがおぼつかなくなるまで酒を呷るのが日課になっていた。心のよりどころであった娘を喪った彼は、酒に逃げることを選んだのである。そんな或る夜、彼は酒場からの帰り路で奇妙な老人に出会った。その老人は、イゴールに尋ねた。「そこまで酔いたい理由は何だ？お前さんは、何が欲しいというのか？」老人の言葉を訝しく思う判断力は、イゴールに残されていなかった。「娘に会いたい。もう一度、元気な娘の笑顔を見たい」イゴールは、我知らずそう答えていた。

「その願い、叶えてやろう」そう口にした老人が不気味な笑みを浮かべたのを目にしたところで、イゴールの意識は途切れた。そして、イゴールはエリンディルで目を覚ます。酔いは醒めていたが、妙に目線は低く、歩幅も小さくなっていた。その理由をイゴールが理解するのは、川に映る自分の姿が娘のそれであることに気が付いた時のことだった。