母の活躍をせめて少しでも多く、世に残そうとした父による「秘密結社」の「生まれ」である。
しかしそれを深く知ろうとはしていなかった。なぜなら父の教えは人から人、書から書へと移ろう度に次第にカルトじみてきており、それを継承する気にはなれなかったから。
カルト的かつ局所的な人気を履き違え、いつしか母ではなく自分を世に残そうとする父が大嫌いだった。
ある日、「桜の夢」を見たこと、それを父の教えを捻じ曲げたところの、否、真に母が伝えし「天啓」ではないのかと悟りダイワ諸島へ向かう。
ゆえに彼女は「探索」している。「桜の木」、すなわち「母の教え」を。

姓は捨てた。父の手垢のつく母の生まれなど。

幼いころ、まだ父が教本ではなく銃のパーツを手に鼻歌を歌っていたころ。彼は自慢げに語って見せた。
「お前は素晴らしい人から生まれたんだ。今日も語って聞かせよう。今亡き伝説、お前の母上、立花法師の影踏みを。」
鉄錆のにおいと、語る父からぶわりと薫る嗅ぎ慣れぬ花のにおい。誰に話したこともないがそれが何より大好きだった。
隣で見様見真似で銃身を弄りながら、頬を綻ばせる。それがあたしの小さな幸せ。
それでも父は悲しそうに眉を下げた。
「嗚呼。あの人のことをだれも知らない。お前だけが耳を傾けてくれるんだ。」

思春期を過ぎたころ、もう父の手に機械油が滲まなくなったころ。彼は自慢げに語って見せた。
「お前は素晴らしい胎から産まれたんだ。今日も語って聞かせよう。今亡き伝説、我らの道標、立花法師の影踏みを。」
サクラ、という花の紛い物の匂いと、覆い隠された血錆の匂い。誰に話せたわけではないが、それが何より憎かった。
隣で無理やり持たされた教本にしわを寄せながら、目尻に涙を溜める。それが私の小さな不幸せ。
それでも父はうっとりと眉を下げた。
「嗚呼。あの人のことをだれも知らないなんて許さない。お前だけがそれを証明してくれるんだ。」

父といつかの思い出の中で、やっとの思いで完成させた錬金銃を両手に抱える。
今や何の慰めにもならない幻の桜を掌にのせて独り言ちた。
「わたし、どうしたらよかったの。」
父は、私は、信者の人は。これで幸せだったのだろうか。
最近は涙ばかりが風に吹かれる。きっともう為すすべはない。遅すぎたのだ。
そう心を割ったとき、確かに見た。桜を。偽物ではない、強く天に伸びる白とも紅ともつかぬ花を。
あれは母だ。あれこそが母なのだ。
記憶の水底に沈んだ一片を引き摺り出す。
ダイワ諸島。そここそが母の生まれの地。
夢を、母を、知らなくては。