感覚の鋭いフォモールの一族の末裔。その感覚の鋭さ故だろうか、その内から太陽神の声を聞くものが現れ、一族は邪悪化の影響から抜けていった。そんな中、エルーラン王国領内、ルネス近郊の農村にてヒューリンに身をやつしていた二人のグライアイからヴェンデリンは生を受けた。

　ヴェンデリンは自らの正体を知らぬままルネスにてヒーラーの知識を学び、そのまま薬師となって世界各地を巡った。その過程で山賊やゴブリンなどとの戦闘を経験し、短剣の扱いにも秀でるようになる。流れ着いたロダニアにて傭兵として雇われ、周辺の妖魔を討伐していった。

　だがある日ロダニアを訪れた神官に呼び止められ、自らの正体が妖魔であると告げられる。

「馬鹿な、そんな筈はない！」

　まさに連行されようという時、初めて《異形》が発現したのだ。突如として現れた"見えざる手《グライアイ：インビジブルハンド》"は取り押さえようと迫る神官達を薙ぎ倒した。彼らが怯んだ隙に、ただ走った。

　そして夜の森の中ではっきりと意識した。自らの、知りたくもなかった醜悪な正体に。

　なぜ親は教えてくれなかったのか。なぜ迫害されなければならないのか。もうロダニアにも、ルネスにも戻れない。

　自暴自棄になり、ただ再び北を目指す。出逢う賊徒や妖魔の類は全て殺した。戦っている時は気が楽だった。自分が何者か、などと考えている余裕もないからだ。

　そんな折、各地を放浪としていたヴェンデリンは"古き王都"グランフェルデンへと流れ着く。そこで妖魔を受け入れているという冒険者ギルド"翠の天馬"と出会い、そしてそのメンバーとなった。傷だらけの妖魔には世辞にも似合わぬ、新たな冒険者証と共に。

　霧の夜、廃都ファリアスで出逢った不思議な男と交わした友情の品。彼は多くを語らなかったが、短いやりとりの末、半ば強引にこの剣を手渡した。

「闇の時代に備えよ」

　それは僅かに湾曲した暗銀の刀身を持つ小振りな細剣である。装飾のように複雑かつ精緻に刻まれた多重のルーンにより闇の精霊の力が封じ込められているようだ。

　奇妙な事に、この剣はヴェンデリンの手によく馴染んだ。暗い刃から闇と共に滲み出す瘴気が、どこか妖魔の身体と相性がいいらしい。

　……後に王都の高名なウィザードに鑑定させたところ、この美しい細剣はヴァンパイアの王、ブレアスの古い所持品“黒銀のレガリア”であると判明した。既に別れて久しいが、あの男は何故俺にこのような品を預けたのだろうか。

　ヴェンデリンの妖魔一族は代々感覚が鋭く、かつて太陽神から直接啓示を受けて邪悪化の影響から脱していった。それもヴェンデリンには知る由もないことだが、ファリアスで出会った男は主神アーケンラーヴの化身の1人であった。即ち彼は、祖先と同様に太陽神の声を聞いたのだ。

　託された細剣、“黒銀のレガリア”は夜の闇の中でこそ真価を発揮する。神々の御考えを理解しきる事は困難で、同時に烏滸がましい事でもあるが、恐らくはやがて火の粛清の後の時代(闇の時代)か、あるいは魔王ブレアス勢力拡大の折に、人類側の対抗手段として用立てられた品の一つなのだろう。

通称：夜闇の剣、黒銀のレガリア
別名：“指揮剣”エル＝ディアボロス

　ヴェンデリンはこの剣を一般的に流通している粗末な小剣用の鞘に納めている。柄には握り易さを向上する為に獣の皮と薄布を巻いており、一見して貴重な品だとは到底思えない見た目へと成り果てている。

　この粗雑な扱いは偽装用…… という訳ではなく、単に本人が使い易いと考えてのことらしい。