ある研究施設において、兵士を効率良く量産する実験の為に生み出されたホムンクルス。
意図しない増加の防止など、軍事活用時の安全性の観点から、入れ物である肉体と中身である魂を別々で製造し、最後に肉体へと魂を注入する方針で開発が勧められる。
肉体の培養は順調に進み、魂の精製も苦戦しつつ何とか実現したが、肉体へ魂を注入する際に両者が上手く馴染まずに魂が霧散してしまう問題が発生した。
この問題を解決しようと試行錯誤を繰り返している間に、研究所が襲撃され、ホムンクルスの素体と魂だけが残された。

長い年月が経った後、運び屋の仕事で遺跡（旧研究所）に訪れた伊箕 愛華によって完成された。
その後、伊箕 愛華に連れられて共に運び屋をしつつ、外郭で生き残る術を教わっていた。

異世界から事故によってエルリンに転移してきたアーシアン。
不安定な方法で転移してきたことが原因でエーテル体が損傷し、肉体の内部に魂を留めておくことが出来なくなっていたが、ある人物に貰った指輪によって一命を取り留めた。
ホムンクルスを起動できたのは指輪を使用したから。

瓦礫の隙間からやっとの思いで抜け出した頃には爆音は止み、辺りは静寂に包まれていた。
ゆっくりと物陰から顔を出し周囲を見回すと、あちこちが砕け、瓦礫の山となった空間が広がっており、その片隅には沈黙したシンギュラリティマシンと、壁にもたれかかる様にしている愛華の姿があった。

愛華の方へと近づきながら、容態を確認する。砲弾の直撃は回避したのだろうが、着弾時の破片を回避する余裕は無かったのだろう。全身に切創と擦過傷、打撲を負い、左腕は本来ならあり得ない方向へと歪んでいる。そして何よりも、下腹部に突き刺さった拳大の破片と、そこから流れ出る夥しい量の血液がもう長くないことを物語っていた。
彼女の近くで膝をつき、口を開く。
「恐らく、すでに延命すら不可能な状態かと。」
「頑張った仲間に対しての第一声がそれかぁー？」
少しずつ、胸の中で何かが熱を帯び、訴えかけてくる。
「・・・何故、このような事をしたのですか？これでは結局、助かる人数は変わっていません。それどころか、私の出自を考えればあまりにも非合理です。」
こんな質問をして意味がないことが分かっていても、内側から言葉が勝手に紡がれてゆく。
「あのまま逃走していれば、貴方の生存率は極めて高かったはずです。それなのに何故．．．」
「そんなの、あなたを助けたかったからだよ。」
苦し気な様子で、それでも朗らかに彼女はそう言った。
意味を理解できず、沈黙した私に替わって、今度は彼女から口を開く。
「ねぇ、一つだけ、最期のお願いを聞いてくれない？」
「どんなご命令ですか？」
私の返答に、なぜか少しだけ寂しそうな顔をして、彼女は言った。
「あなたは、幸せに生きて。」
「それは．．．」
どういう意味か、そう聞こうとした時にはすでに、彼女は息を引き取っていた。
彼女の亡骸に、そっと手を触れる。彼女の体から徐々に熱が失われてゆくのを感じながら、私はあることに気づく。

私は、ヒトではないのだ。

自分の胸にそっと手を当てる。そこには、目の前の亡骸と同じようにただ静寂が広がっていた。
彼女が死に、自分と同じ鼓動を持たないモノになったことで初めて、自分がヒトではなくモノであったのだと理解する。
そう思った瞬間、自分の中で熱を帯びていた何かが、急速に冷めていくのを感じる。湧き上がる何かも、もはや無かった。

そうして、思考は最期の“命令”へと流れてゆく。彼女には「生きろ」と言われたがヒトでもない自分には到底無理なことだ。
しばらく思案した後、ある結論へとたどり着く。
「彼女の代わりになれば、生きていると言えるでしょうか。」
どうすればいいかは、本能が教えてくれた。
自身の体がゆっくりと溶け落ち、一つの塊になったかと思うと、今度はぼこぼこと盛り上がり、再び人の形を成してゆく。
事がすべて終わると、ゆっくりと目を開き、持っていたナイフの表面で自身の姿を確認する。そこに映っていたのは、自分が目覚めてからずっと傍に居た、見慣れた顔であった。
「これで私は、“生きる”ことが出来るのでしょうか。」
心臓は、何も答えなかった。