昔々、世界を旅する灯蛾が一羽居た。
灯蛾は名も無く、家族も友も無く。
しかし、人への憧れがあった。
時に人里に紛れては、すぐにバレては追い出され、ずっと一羽で放浪していた。
昔々、お屋敷に閉じ込められた少女が居た。
彼女には、異世界の知識と記憶があった。
けれどもそれ故に、周囲に奇異の目で見られ。
ずっと一人で過ごしていた。

ある日、雨で月光が滲む夜の森で、一羽と一人は出会った。

屋敷から逃げ出した少女は、獣に怯えて木の洞の中で泣いていた。
少女は、何の力も持っていなかった。
そして灯蛾は、その声に興味を唆られて、彼女に声を掛けた。

やがて出逢った一羽と一人は、短い言葉の応酬を交わした。
片や、辿々しい人間の言葉で。
片や、慣れ親しんだ言葉とは似ても似つかぬこの世界の言葉で。
辿々しいながら、溢した言葉に返答があり、その返答にまた言葉を溢す。
手探りだった彼等の会話は、小一時間もすれば深いものに変わっていた。
それは、少女のかつて居た世界の話だったり、灯蛾の旅の中、眺め続けた人間の話だったり。
頭ごなしの否定も、迫害もされない会話。
楽しむ為だけの会話。
それを、二人はずっと求めていた。
少女は、孤独を埋める何者かが欲しかった。
灯蛾は、自分を隣に置いてくれる人間が欲しかった。

斯くして2人は、友人となった。
対外的には、主従として。
少女は灯蛾を連れて歩き、灯蛾は少女の側に居た。
そしてその奇妙な関係は、少女が定命で命散らすまで続いた。

これから先の話は、少女が死んだ後、少女の語った夢物語に…少女の生まれ育った世界に、惹かれた灯蛾の歩む物語。
かつて少女にハイドレンジアと名付けられた灯蛾が、好奇心を満たす為の物語。