容姿・経歴・その他メモ

プラチナブロンドに琥珀色の虹彩。
悪戯な瞳の奥で仄かに揺らめく怒りの炎。
エルダナーンらしい長身に脂肪の薄い痩躯。
火酒の血潮が白磁の肌を薄桃色に染める。

半熟の目玉焼き、トースト、葉物のサラダ。そして冷えた魔道酒。
朝はいつも同じ。いつからか給仕係は注文を聞かなくなった。
黙って椅子に座れば昨日と同じ朝食が出る。素晴らしいことだ。
些事に思考を割く必要はない。朝から酒を頼む心の呵責もない。

サラダに橄欖油とビネガーを振りかける。
足りないと味気ないが、多すぎるよりマシだ。
テーブルフォークで適当に混ぜて口に突っ込む。
鮮度が落ちて食感は悪い。だが食べられない程でもない。
トーストを齧ったら目玉焼きを啜るように飲み込む。
残ったトーストを上の口に詰めて魔道酒で流し込む。
昨日と同じ手順をなぞって栄養を摂取する。

さて、今日も規律ある労働に勤しむか。
四肢に軽く力を込めて椅子から立ち上がる刹那。
「たまにはゆっくりと食べればいいのにねえ」
じとりと湿った声音に神経を絡め取られる。
行き場を失った重心が私の体勢をわずかに崩した。
立ち上がる瞬間に話しかけてくる人間は基本的にクソだ。

「お前と違って忙しいからな」
脊髄反射で買い言葉を吐き出す。良くないな。言葉の選択が不適切だ。
同僚との間に無為な軋轢を生むことが賢明な行いとは言えない。
小さく息を吸って姿勢を整える。
ぎしりと木製の椅子が鳴った。

王国騎士の制服を着崩したクソ女は静かに対面の椅子を引く。
私は不意に紡績工場の自動機械を回視する。
乱雑に絡み合った繊維をあるべき場所に整然と配置する魂のない被造物。
単純労働者と名付けられた新人類を産み出す稀代の発明品。
マニュファクチュアの台頭は故郷の街から牧歌的な調和を奪い去った。
そうか、この女の振る舞いは造ったように滑らかで。
…あの機械に似ているんだ。

音もなくクソ女は腰を下ろす。淀みなく糸を紡ぐように。

「あら。心配してるのよ。アタシはねえ」
クソ女が注文したハニーワインを復唱して給仕係は炊事場に消える。
お前に心配されるほど落ちぶれてはいない。違うな。言葉を飲み込む。
数瞬の思考を巡らせて文言を組み立てる。
「お前こそ。朝っぱらから酒なんて飲んでいいのか」
少し間違えたか。気遣う意図の台詞だが、嫌味のようになってしまった。
標準語のニュアンスは難しいな。
「あらあらぁ。あなたがそれを言うの？」
視線は私の手元に落ちる。グラスの底に溜まった魔道酒の琥珀色が揺れた。
水滴が1筋の軌跡を残してテーブルを濡らす。

「空気には飽和水蒸気量というものがあってな。暖かい空気ほど多くの水分を」
「そんな話はしてないわよ」
クソ女は私の講説を遮って物憂げに水滴を指でなぞった。演技じみた所作が神経に障る。
「魔道酒は術式の精度を高めるんだ。許可も取ってるぞ」
「そんな話もしてないわ。毎日のように飲んでたら身体に良くないでしょう」
何もわかっていない。呑気な女だな。
「戦場では髪の毛1本の魔力の乱れが生死を分ける。健康を気遣って野たれ死んだら世話がない」

「あらあらあら。そんなこと言って、あなた戦場に出た事ないでしょう」
私は、むぬりと呻いた。さぞや阿呆のように見えたことだろう。
それなりの死線を潜った自負はあるが、クソ女に自慢する話ではない。
コネで王国騎士の末席に滑り込んだ勉強だけの箱入り娘。それが今の私だ。
「…それは、そうだが。お前も同じだろ」
「そうよ。だから魔道酒なんて飲まないもの」
クソ女は艶やかな黒髪を、誰に見せつけるでもなくかき上げた。
バニラの実に似た甘い香りが広がる。
クソみたいな匂いだ。

「クソみたいな匂いだな」
「失礼ねえ。アンナ殿下も同じパフュームを使ってるのよ。不敬だわあ。これは処刑ね」
アンナ殿下が…？
こんな頭の悪い香りを纏う姿は想像し難いな。
しかし案外、子どもっぽいところがあるからな。あの聡明で勇敢な姫様は…。
「会話に齟齬があるようだな。素敵な香りと言ったのだが」
クソ女は口元だけ笑って馬鹿まるだしの表情を作った。
やがて会話は途切れる。沈黙が食堂の喧騒に溶けて消える。

クソ女は急に神妙な顔をして、秘奥の呪文を唱えるように言葉を紡いだ。
「でもねえ。近く戦場に出るかも知れないわ」
「…ナンの話だ」
つられて声のトーンが下がってしまった。

私が釣れたと思って調子づいたか、微かに喜色を漏らす。
素直な表情は少しばかり可愛くて、それもまた腹立たしい。
「教えてあげてもいいけどぉ。どうしようかしら」
勿体ぶるクソ女とは交渉しない。これは騎士の基本動作だ。
「話すつもりがないなら結構だ。与太話に興味はない」
クソ女は目を瞑り、何かを考えるようなジェスチャーをとった。
どうせ何も考えてはいやしない。
この手の人間は最初に口を開いた時点で話すことを決めている。多分な。

「なら交換でどうかしら。あなたも何か有益な話を教えて欲しいわぁ」
なんだ鬱陶しいな。この欲しがりさんは。
よもやま話を蒐集しているのだろうか。
ある種の無教養な人間にはそのような走性があると、いつか物の本で読んだ覚えがある。
だが幸運な女だ。仕入れたばかりの"とっておき"な話があるぞ。
「いいだろう。変な借りは作りたくないからな」
クソ女の瞳孔がわずかに拡がった。

「二度は言わないぞ。よく聞け」
テーブルに乗り出して耳元に囁く。
「シロクマはな。左利きしかいねーんだ」
クソ女の頬がわずかに色づいた。気色が悪い。
一拍の間を空けてクソ女は眉を顰めた。頭の回転が遅いやつは話の飲み込みが悪い。
「…それが、有益な情報？」
ようやく口を開いたかと思えば、何も理解していない。
「キャラが崩れてるぞ。お前はもっとねっとり喋る女だ」
「ちょっと良くわからないわ。…ねっとりぃ？」

「シロクマは知っているか？」
「寒いところに住んでるグリズリーよねえ」
ドルイド系の奴はクマをすべてグリズリーだと思ってやがる。
ちなみにドルイドにはグリズリーに襲われたことをグリズられたと表現するスラングがあるぞ。（本当）
「グリズリーはハイイログマだが…まあそうだ」
一拍の間。
「この話には続きがある。シロクマってのは魚を捕まえて食べるんだ」
クソ女の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。本当に要領の悪いやつだな。

どこか遠く高い塔の天辺で時刻を告げる鐘が鳴った。
「…おい。お前の与太話のせいで遅刻だぞ」
立ち上がり、食事代の銀貨をテーブルに放る。
「あらあ。私は遅刻じゃないわよ。非番だもの」
チッ。なるべく強く舌打ちをして踵を返す。
下劣な女の下劣な話に付き合ったせいで朝のルーチンが乱れた。
非番の日に制服を着るな。
ガキみたいな香水をつけるな。
滑舌よく話せ。
私に絡むな。

「お前が天に召されるとき、なるべく苦しむように祈る」
私は祈りの十字を切って席を後にした。
ちょうど給仕係がハニーワインを届けたようだ。
クソ女が何かのたまった気もするが耳を傾ける必要はない。
今日もクソみたいな労働が始まる。

「今日も一日がんばるぞい」
アーシアンの祝詞をつぶやいて早足に詰め所へと向かった。

（1012年のエヴゲニーヤ ― 終わり）

履歴

0990年 エヴゲニーヤ・フロッグイーター爆誕
0991年 エヴゲニーヤ、大地に立つ
0992年 おむつが外れる
0993年 初めて食用ガエルを絞める
0994年 フロッグイーター卿の公務に同行して王都を訪問
0995年 ルネスにて温泉卵を大量に食べて吐く（たまごゲロ事件）
0997年 エルーラン全国こども読書感想文コンテストで銀賞に入賞
0998年 王都にてラナと出遭う
0999年 フロッグイーター卿が闇の錬金コンサルタントを雇用
0999年 ラルミネ産業構造審議会の発足
1000年 車輪の騎士団（ラルミネ少年少女騎士団）の結成
1001年 耕作地と養殖池を縮小して牧羊場、紡績工場を設置（農業から紡績業へ）
1002年 ラルミネの失業率とジニ係数が急上昇（農地を失った農民と資本家の間で格差が拡大）
1003年 ラルミネの街を魔族が襲撃（ラルミネの悲劇）
1003年 フロッグイーター卿に第二子誕生（エーニャ弟）：後継者問題が解決
1003年 領主に不満を持つラルミネ市民が蜂起：所得再分配法の制定、領主の裁判権の割譲で決着
1003年 人生に危機感を覚えたエヴゲニーヤは大学進学を志す
1004年 エルクレストカレッジ入学
1006年 「覇王の遺産」事件：エヴゲニーヤは傍観者に過ぎず事件の核心には関わっていない
1006年 エルクレスト焚書事件：エヴゲニーヤは停学処分を受けエルクレストを出奔
1006年 エヴゲニーヤの後の師である魔術師ダウドに邂逅
1007年 エルクレストに復学（オルランド寮に転籍）
1008年 驚嘆すべき成績を残しエルクレストを飛び級で卒業
1008年 ダウドの元に師事
1009年～1011年 魔術の研鑽に励むと同時にエルーラン王国でフォスター伯の乱など数々の難事件の解決に貢献
1012年 魔道騎士としてエルーラン王国に仕官

セッション履歴

収支履歴