あるところに、心が優しいうさぎさんがいました。
うさぎさんは心が優しかったので、その優しさを周りの人に振りまき続け、
その優しさを最後まで自分に向けることはありませんでした。

　いつの日か、うさぎさんは疲れてしまいました。
優しさを与えた人たちのところを見ていると、楽しそうに笑っていました。


　楽しそうに、笑っているだけでした。

誰もうさぎさんのことなど、気にしませんでした。

　
　「こんなことなら、優しさなんて与えなければ」「ならば彼らに仕返しを」
そんな風に復讐に燃えるほど、うさぎさんにとっくに力はありませんでした。

　「でも、まあ、彼らの一日が今もあるなら」「それで良いか。」
　うさぎさんは、優し過ぎました。
それでもなお、くたびれた心の底からそう思えるくらいには、優し過ぎました。

　ついには、うさぎさんは独りになりました。神殿にも行かなくなりました。
明日を生きる歩みを、少し止めたくなってしまいました。

　そんな日、どこからか幽霊さんの声が聞こえてきました。
幽霊さんはどこか遠い場所から来た人で、この世界のいろんな所を見てみたいそう。
嘘か本当か分からないそんな存在に、どうせならと、うさぎさんは全部打ち明けてしまいました。
すると幽霊さんは、うさぎさんに話を持ち掛けました。
「身体を明け渡してくれないか、キミの力はみんなのためになる。」
「キミはただ見ているだけで構わない。間近でみんなの笑顔が見れる。」
「戻りたくなったら、いつでも戻ってきていいから。」


本当にそれで壊れてしまった心が元に戻るとは思わない、けれど、そういう試みも悪くはない。
そう思ったうさぎさんは、幽霊さんに身体を預けたのでした。

近頃、鞭を持った冒険者が希望に満ちた表情で神殿の扉を叩くと言います。
壊れた心じゃ元の名前も思い出せないから、
新しく「マニ」と｜彼女《ふたり》の名前を携えて。