知ってるか？"毒仮面の男"のウワサ。最近グランフェルデン大神殿に来た神官だって話だが……、相当にヤバい奴だとか。
裏じゃ気に食わないヤツを毒で殺して回ってるとか。仮面をつけてるのは、自分の顔が毒にやられちまったかららしいぜ。
なんだっていいが、関わらないに越したことはないな……。

ヴォルドフはもともと迫害を受けていたグライアイの一家に生を受けた少年だった。
彼の一家は毒の体液を持っており、「近寄ると毒で死ぬ」という偏見を受けまともに物も売ってもらえない。
しかし、全ての人間がそうではなかった。
偏見の少ない物好きな中流貴族が一家を雑用として召し抱えたのだ。決して良い待遇ではなかったが職にありつけるだけありがたいというものだ。
少年も雑用に精を出す中で、ひとりの少女と知り合うことになる。
少女は館の主、中流貴族の次女。まだ10も数えない年頃であったが、既に他家へと嫁ぐことが決定していた。
しかし彼女は病弱であり、館から出ることは極めて稀。
その日、少女はこっそりと抜け出してきていたのだ。
少年は慌てふためいたが、少女はくすくすと笑うと、「私の話し相手になって」と申し出た。
夢のような時間が過ぎていった。少年が生い立ちの話をすると怒りを顕わにし、今がいかに幸せかと話すとお仕事頑張ってと励ましてくれた。
以降、二人は稀に会うようになる。主に少年の近況を報告するだけであったが、少女は興味深く聞いてくれる。彼女のためにと仕事にもより身が入る。
そして彼は知ることになる。少女が難病に侵されており、20まで生きられるか怪しいということを。

「どうにかして、助けられないだろうか」

彼は方法を探した。その結果、ルネスという街で盛んな薬草学を修めれば病の進行を抑えたり、治したりできるかもしれないということがわかった。
彼は主に直談判し、ルネスにて薬草学を学ぶ許可をもぎ取った。幸い、貯めていた賃金も路銀の足しになる。貴族の負担は少なく済む、ということで受け入れられたのだ。
彼はルネスまで行き、薬草学を教えてもらうために27の施設を回った。驚くべき短時間で薬草学に習熟し、「秀才」と誉めそやされた。彼は休暇のたびに有効な薬草を入手し、少女の元に届けにいった。はじめは驚かれたが、涙を流しながら感謝された。それが少年にとっては何よりもうれしかった。

「ヒーラー」として認定された少年は意気揚々と館に戻ると、少女の本格的な治療を開始した。初めは症状経過も良く、このまま順調に進むかと思われた……。
だが、事件は起こった。
少女が死んだ。死因は毒。少年の体液が原因ではないかという話だった。どこから混入したのかはわからないが、毒などこの館には存在しないのだから。妖魔の仕業に違いないと医師が言った。
怒り狂った婚約者により両親は惨殺され、なんとか逃れられた少年は二度と館の敷居をまたぐことは許されないということだった。

「何故？」

男はそれ以降、薬を扱うことをやめた。毒こそが自分にふさわしく、生かすより殺すが似合うのだと思い込んでいる。
自らの体質を深く憎んでいる彼は肌を露出せぬよう深く着込み、その顔には笑顔の仮面を付けた。また自分のせいで仲間が傷つき、死ぬなんてことはあってはならないから。