ディアドラは暗い森の魔術士の家に生まれた。父の姿はなく、美しく優しい母との二人暮らし。物心ついた時には既にそんな状況で、言葉や魔術は母から教わった。角を持たない母は、いつもディアドラの角を愛おしそうに撫でててくれる。それは穏やかで、確かに幸せな時間だった。

　また、時折母が森の外から連れてくる子供達はディアドラのいい遊び相手だった。友達が出来たようで嬉しくなり、ディアドラはいつもその一夜限りの友情を楽しんでいたのだ。

　森を訪れる子供達は、いつも一期一会であった。遊びに来ては、去ってそれから姿は見せない。ある時、子供たちがどこへ帰っていくのか気になり、子供の手を引いて森の中へと進む母を追ったことがある。そこで全ての真実を知った。

　……洞窟の中に入っていく母。そしてそこには角と蹄を持つ四足の獣がおり、その怪物が子供を引き裂いて食べるのだ。

　ディアドラは恐怖に駆られ、その場からただ走って逃げた。優しかった母は、子供を連れ去って怪物に捧げる魔女だったのだ。そしてディアドラは、その怪物と母との間に生まれた忌まわしき混血児なのだろう。魔女はディアドラにいつもそうしてきたように、愛おしそうに…… ディアドラのそれとよく似た、怪物の角を撫でていたのだから。

　それから数年後の月の夜、ベッドで眠る魔女をディアドラは槍で突き殺した。心臓を穿った直後、苦しそうに叫び、暴れる魔女を押さえつけながら、魔術を行使されぬよう咽喉を叩き割った。この日の為に、力と知識を付け、準備をしてきたのだ。

　母が死んだことを確認すると、ディアドラは槍を携えて洞窟へと向かった。蒸し暑い暗闇の中、醜悪な怪物と目が合う。むせ返るような獣と血の匂い。ゆっくりと這い出たそれは牛のような魔獣であり、大きくだらしなく開いた口から涎に混じって獲物の血肉が滴り落ちていた。怪物は、私を母と勘違いしたらしい。興奮した様子で、されど敵意を向けず、鼻息を荒げながら近付いてきた。長く、熱い舌がディアドラの身体を舐り始める。───その隙を、突いた。

　左目に深く槍を刺され、怪物はおぞましい咆哮を上げた。心臓が早鐘のように打っている。手が、足が震えている。まだだ、まだ足りない。これでは致命傷ではない。選択を誤れば死ぬのは私だ。思考が奔流のように巡った直後。叫び声をあげ、突進したのは私の方だった。仰け反った怪物を押し出して、そのまま洞窟外の崖底へと共に落下する。……皮肉な事だが、落下の途中、私は母から教わった風の精霊魔術を使ってかろうじて着地に成功できた。魔術は不完全で足は折れたが、意識もはっきりしている。まだ、戦える。

　だが、怪物はさらに深い谷底へと消えていた。後日、折れた足を庇いながらも暗い谷底へと確認に訪れると、夥しい血痕があるばかりで父の姿がない。奴は、まだどこかで生きている。

　邪悪な魔女たる母は殺したが、怪物の方は逃してしまった。悪夢のような事実だが、やはり母とあの醜悪な怪物との冒涜的な交わりにより、この私は生まれたらしい。殺されていった多くの友人達に償う為にも、父である怪物を探し出し、その息の根を今度こそ止めなければならない。それが私に与えられた使命。血に刻まれた因縁なのだ。