出生

小さな村を救ったベスティアがいた。
彼は英雄と称えられ、村で最も美しい娘を嫁として貰った。二人は子を授かり、父と母になった。

しかし、宿した子の毒で母は死んだ。子が無意識に腹の中を咬んだのだ。
母の家族に追い出されるようにして父は村から立ち去った。育て方の分からない人間の子を置き去りにして。

母の家族の反対を押し退け、子を腹から出したのは村の教会の聖職者だった。彼女は強かだった。母の家族は忌々しい子を避けるために村を出て行った。教会の者は子を「ウル」と名付け、孤児として育てた。

幼少期

ウルは嫌がらせを受けていた。教会の者や、友人である孤児以外の村の全員から。大人ですらウルに暴力を振るい、人殺しと罵倒した。教会の者が守ってくれていたが、それでも続いた。

ある日、無理矢理服を脱がされ、生まれつき脇の下あたりに生えていた蜘蛛の足を晒された。
半分蜘蛛なら、足が6本あるはずだと誰かが言い出したらしい。
ウルはこの、父からの贈り物を誰よりも憎んだ。

ウルは教会の者に、なぜ人間の自分にこんなものがあるのかを尋ねた。彼女は答えをはぐらかし、ウルと真剣に向き合おうとはしなかった。まだ早いと考えたのだ。
ウルは失望し、自分で問題を解決しようと計画を立てた。

教会の者が告解をしている時間、ウルは計画を実行した。
孤児を見守る聖職者がいない今、何かあっても友人達に彼女の気をそらすように頼み、単身で町へ降りて行った。
店員にお使いであると偽り、教会の者から盗んだ金でHPポーションを買った。そして、隠れて教会へ戻った。

その日の夜、ウルは台所に置かれていたナイフで、細々しく、人間にとって不要で、不細工な蜘蛛の足をそぎ落とそうとした。
息を殺し、鏡に映る自分と向かい合い、覚悟を決めた。
左脇の足の根元に刃を入れたとき、今までに感じたことのない激痛が走った。同時に気色悪く足が暴れだした。痛みと不快感で吐きそうだったが、ウルは止まらなかった。そのまま一気に力を入れ、切断した。切断面からは血が溢れ出し、足は動きを止めた。
ナイフを持ち替え、右も同じ要領で続けようとしたが、利き手と反対でナイフを握っているため力が上手く入らず、左側よりも時間がかかった。
手も服も床も血塗れになっていたが、後で拭けばよいと楽観的に考え、昼間に購入したHPポーションを飲んだ。傷は一瞬で癒え、痕も残さなかった。
鏡を見直した。うっとりするほどに美しい少女が立っていた。ウルはその時気付かなかったが、その姿は幼き日の母と瓜二つであった。

朝、いつものベッドで目覚めた。ウルは焦った。なぜなら自分でベッドに入った記憶がないからだ。ウルは自分の記憶を遡る。そして確認する。昨日は自らに見惚れたまま寝てしまった自分を何者かが洗い、着替えさせ、ベッドに寝かしたのだと確信した。その瞬間、教会の者の「おはよう。」という冷たい挨拶が静かな部屋に響く。
友人達は誰一人おらず、寝坊をしてしまったようだと呑気なことを考えつつ、最後のあがきとして元気いっぱいに挨拶を返す。案の定、拳が飛んできた。かと思ったがが抱き着かれた。予想外の行動に驚き、硬直する。
その後、彼女は泣きながら謝罪とウルの出生についての説明をした。その話にウルは驚いた。が、今の生活に満足し、悩みの種もなくなった今では、もう興味は薄れていた。

成人期

あの日から全ては良い方向へ向かった。自らの足を切った私を気味悪がったのか、他に良い場所が見つかったのか、次第に村から人が出ていき、村に残ったのは私達だけになった。

皆を魔物から守るため、私は毒を操る練習をした。
そもそもベスティアにそのような改造が施されていたのだろう。次第に牙以外からも任意で毒を出せるようになった。
皆を楽しませるため。私はダンスの練習をした。
ダンスは特別好きな訳ではなかったが、運動が得意な私はすぐに上達した。

突然、他の孤児達は次々と教会を出て行った。私を気味悪がったのではなく、働くために町へ降りていった。
しかし私はそうしなかった。初めから聖職者になるつもりだったから。
たまに訪ねてくる冒険者からの評判は良かった。戦えて踊れる女性神官、私は“毒と踊る聖女”と呼ばれた。
なんとゆう皮肉だろう。私は毒と踊っているのではない。毒に、いや違う、父からの贈り物に私は踊らされているというのに。

冒険者になる直前

一体どれだけのの時間が過ぎたのだろうか。暦も歳も教会の者の享年を越えてから数えていない。
今では村には私一人、冒険者すら来なくなった。二つ名を知っている人が、果たしてどれだけ残っているだろう。
孤児達とも、彼らの孫の代になってからは疎遠になった。教会も改築を重ね、元の面影はもうどこにもない。
だというのに、私の容姿は成長が止まってから一切変わっておらず、まるで私だけが時間に取り残されているような気がして切なくなった。

いつも通り彼女の墓を手入れし、死に際に残した言葉に思いを馳せる。「あなたは自由に生きてよかったのよ。」
最近になってようやく分かった。彼女は私の憧れが私の自由を奪っていると感じ、引け目を感じていた。
神への信仰も、人を助けたいと思う心もない私が、憧れだけで聖職者になったことを後悔していると思っていた。
私は墓石を小突き「私の憧れはそんな軽いもんじゃないよ。」と涙声で話しかける。返事は返って来なかった。

帰り道、ふと地面に落ちた蝉の死骸を目にする。先ほど、いつもはしないことをしたせいだろうか。そんなもの何度も見てきたはずなのに、極めて深刻な問題に気付く。虫は歳を取らず、突然死ぬ。
自分の死期を悟った訳ではなかったが、時間は限られていること知った。私は急いで彼女のところに戻った。
彼女と向き合い、渾身の笑顔で「私、自由に生きてみるよ。」と声高らかに宣言した。
返事を待たず、私は町へ駆けた。久しぶりに心が躍っていた。

言葉を覚える前から嫌がらせを受けていたことで人格が根元の部分から破綻おり、感情を理解できていないが、育ててくれた聖職者を目指し、努力している。