エリンディル西方にてまことしやかに語られている暗殺組織、コルブリダエ。様々な毒や暗器、呪術を用いて「毒蛇に嚙まれた」ように尾を引く被害を出していたこの組織に、ある男がいた。
　その男は暗殺組織に身を置いてはいたが、心根は誰よりも優しかった。しかし、仕事をせねば食べてはいかれない。その仕事がパン作りや畑仕事なら、どれほどよかったことか。
　男は春に吹く風のように暖かだった心を凍り付かせ、無心で仕事をこなした。彼の前にあるのは、体温を失った人型の「なにか」ばかり。
　いつしか男は、蛇のような執着心で依頼をこなすことから「蛇心」とあだ名されるようになった。



　ある日、男に転機が訪れた。
　組織の新入りとして入ってきた者は、裏社会のルールなど何も知らない平凡な男。しかし男は、やってきた新入りの眼に秘めた実力を見出していた。
　「俺と組まないか」
　蛇のようだと恐れられていた男と、蛙のようだと馬鹿にされていた男。正反対な二人はその時から、無二の相棒として数々の任務をこなしていった。

　

　「見てくれよ相棒、これで俺もお前みたいに冴えた動きが出来るかな」
　とある依頼の後、相棒の手に握られていたもの。それは、ただの宝石にしては異様な輝きを持つものだった。呪具にしては見覚えがない。宝石にしては禍々しすぎる。怪しいから今すぐ捨てろと言いたかったが、「お前のようになりたい」と真っ直ぐな目で見つめられた男は、その言葉を喉の奥に仕舞うことしかできなかった。



　男は、例え喧嘩になったとしてもあの時一言いえていれば、とひどく後悔した。
　見渡す限りに流れる血、倒れる人、荒らされた大部屋。男は今、妖魔と化した親友と相対していた。
　あれは、本当に呪具だったのだ。
　
　死闘の末、男は親友だった化け物の喉に手をかけた。
　悲しいかな、その感触は日ごろ感じていたものと全く変わらず。
　ただこちらをじっと見つめる妖魔の赤い目だけが、男の心に深く突き刺さった。



　「……では、お名前の登録をお願いします。神殿より仕事を受ける際に必要な物ですので」

　ひっそりと幕を閉めた惨劇から、幾月か経ったある日。神殿に新しい冒険者が転がり込んできた。
　その者は、喧騒を好み、混沌（カオス）を好み、一期一会を愛する蛇のような男。

　「トキシー・サルペンティア。トキシーとでも呼んでおくれ、素敵なお嬢さん」

　かつて、蛇心と呼ばれた男と相棒だった一人の男がいた。蛙のようにぼんやりと平凡な、何のとりえもない男。名を、ローグという。
　その男はひょんなことから「コルブリダエ」に入ったが、相棒としてあてがわれた男とすぐに打ち解けた。抜けた態度をとり相手を油断させ、相棒が対象を仕留める。二人は瞬く間にかなりの額を稼ぐ暗殺者となり、やがて名が知られ始めた。
　しかし、ローグはそれを良しとしていなかった。
　「相棒のように強くなりたいんだ。蛙のようだと馬鹿にされっぱなしじゃ、いつまでもいられない。弱い自分を変えたいんだ」
　そういってローグが取り出したもの。それこそは、あまたの生命の記憶を吸い上げた呪具【極夜のクオリア】だった。
　「見てくれよ相棒、これで俺もお前みたいに冴えた動きが出来るかな」
　期待に満ちたローグの態度に、相棒である男は何も言えなかった。