細身長身。
現代日本風のスーツを着こなす学生。

その日、睦月はバイトに行く途中だった。
夜にあるvalorantのスクリムに思いを馳せながらホームに向かう階段を下りていると、突如後ろから悲鳴が聞こえる。
同じ電車に乗る予定の友人が階段で足を踏み外して転がり落ちてきたのだ。
とっさに手を伸ばし、友人の頭が地面に打ち付けられぬよう庇ったが、運悪く睦月の頭蓋は駅のホームに叩き付けられてしまった。


睦月が目を覚ますと、そこは一面白で覆いつくされた部屋、そしていかにも女神然とした女性が地面から少し浮いてこちらを覗き込んでいる。
彼女が言うには、まだ死ぬ定めではないが、手違いにより命を失ってしまった。
本来ならば即刻現世に戻すべきだがその為には運命力が足りない。
そこで異世界(エリン)にてとある条件を満たしてくれれば不足している運命力を補って現世に返すことができるという。
もちろん睦月はただのゲーム好きな学生であるため最初は渋ったが、ある種のチート能力を与えたうえで異世界に送ってくれるという。
それならばと睦月が選んだのは、思うままに拳銃を取り扱う力。FPSゲームのように的確に敵を撃ち落としていける力。
持ち込む能力は決まった。あとは女神から蘇るための条件を聞くという段階である。
そのはずだったが、女神は突如やってきた他の神の使いの報告に興奮、早く行動を起こさねば先を越されると詳細を話す前に睦月を異世界へと飛ばしてしまう。
こうして睦月は目的も分からぬまま、独り孤独にエリンの地に降り立つこととなった。








時は遡って平安の世。
月へと帰る輝夜姫から蓬莱の薬を受け取った老夫婦はしかし、輝夜姫の居ない世を永遠に生きることの虚しさを嘆き、薬を処分してもらうこととした。ひとたび服用すれば不老不死の力を得る霊薬。その薬の処分は適切には行われず、今も不老不死となった藤原の娘は決して死ぬことのできない永遠を彷徨っているらしい。

睦月の家はその藤原の子孫にあたる。
女神によるぞんざいな異世界への転移によって睦月の体には一つのバグが刻まれた。
藤原の縁者として引き寄せられた不完全な不老不死。
望むと望まざると睦月はエリンの地で不死身の肉体を手にしてしまうのであった。

使い慣れた拳銃で複数の敵を撃ち抜き、攻撃は不死身の肉体をもってして受ける。
耐久力を超えてダメージが蓄積すると水風船が弾けるように全身が水に代わって弾け飛び、残った水たまりから新たに体が生じる。

防御力は一旦足りていそうなためナイトになるまではあまり盛る必要なし。
バッシュ、ディフュージョンショットでダメージ量を盛る。
ロールスキルでシュータースタンスを取って継続的にダメージを盛れるようにする。
どこかのタイミングでダンサーのフェザータップを習得する。

自分がこの世界に目的も知らされずに転生してから早数か月が過ぎた。
一応の配慮かグランフェルデン王国と呼ばれる巨大な都市国家で目覚めたため、何も理解せずに野垂れ死ぬという展開は避けられたが、準備もなく見知らぬ土地を訪れる無謀さをありありと実感させられた。

文明レベルは中世ヨーロッパ程度、しかし魔法や錬金術など元の世界なら空想の産物であると吐き捨てる物が実在する世界。
ひとまずは世界の文化を知り食い扶持を稼ぐために、与えられたチート能力を生かして冒険者となったが、知れば知るほど自分がなさねばならない目標が分からない。この世界はひとたび野に出れば野盗が、遺跡を見つければ古代の遺物が、邪悪な存在に魅了された妖魔なる存在が、この地に住む人々の生活を脅かしている。脅かしてはいるがそれが日常的なものであり、ある意味では安定した平和な世界のようにも感じられる。

こんな調子で本当に元の世界に帰れるのだろうか。そんな考えが頭をもたげていたところで偶然にも見かけたのがこの巨大樹の迷宮を調査する依頼だ。これまでこなしてきたどの依頼よりも大規模な調査。
「もしかするとこれこそがあの女神が言っていた『条件』に当てはまるかもしれない」
希望的観測と言わざるを得ないことを理解してはいたが、それでも体を動かさずにはいられなかった。
幸いなことに(あるいは不運なことに)、自分には不死身の力が宿っている。
この数か月間に分かったことだがどうやらこの地の多くの人とは異なり(もちろんそれが普通なのだが)、自分は死の淵から蘇ることができる。ある程度信用できる味方がいればこの能力を使って無理やり調査を続けることができる。
自分向きのこの調査こそが女神の提示していた『条件』である、あればいい。
そう考えながら依頼を受けるために巨大樹ふもとのベースキャンプへと足を向けたのだ。