少女は、月明かりと雨音で目が覚めた。

「ぁ...ぅ...」
少女は声が出せなかった。
うめくことしかできず、そのたびに血の味がした。

声が聞こえる。
女性の声と、人ならざるものの声。
人ならざるものの声は、少女にとっては安らぎのようだった。
「やはり我がいると、この娘は...」
「残念ながらそうだね。運命は変えられない。
　今かろうじて生存できているのも、奇跡的だと思っていい。」
「我は...」
人ならざるものは、少女に触れようとする。
「待って、また繰り返すつもり？」
それを女性が制止した。
「...触れる事すら、許されぬのか？」
「残酷だけれど、ね。
　キミの存在がどういうものなのか、
　キミ自身がよく理解しているでしょ？」
女性の言葉を聞くと、人ならざるものはその場を離れようとする。
「どこにいくの？」
「どこにもいかないさ。我は好き好んで死を司っているわけじゃない。」
人ならざるものが立ち去ると、女性は少女に語りかける。
「よく聞いて、キミは生まれ変わった。
　もし今までのことを覚えていたとしても、それはすぐに忘れるべきだ。」
「キミは運命から逸脱した。下手な接触は、キミを残酷な結末に導いてしまうだろう。
キミにはこれから辛いことが待っていると思う。それは逃れた死の運命よりも辛いことかもしれない。
だけれど、キミがその中で幸せになれることをボクは願っているよ。
...星は誘えど、強制せず。だからね。」

そう言って女性が少女の瞼を閉じるように手で覆うと、少女の意識は再び消えた。

意識を取り戻した少女は、たった一人で広大な世界をさまよい始めた。
まず襲ってきたのは、空腹。
魔物と戦うような気力はなく、ボロボロの状態で虫や葉っぱを食べた。
口にしたときに感じるのは、血の味。
ただの絶望。虚ろの味。
そして腹痛、熱。
枯れた声で泣くことしかできなかったが、泣くたびに喉が痛むのでついに泣くことすらやめてしまった。

少女がさまよい続けていると、人を見つける。
「あぁ...！うぁ...」
少女は喉の激痛に耐えながらも、必死に助けを求める。
それに対して、
「うわぁっ！化け物！」
少女の酷く痩せ細り、うめき声を上げながら彷徨う姿をみて、人は驚き石を投げつけた。

石が少女の胴に当たると、少女はそれが限界の一撃となり、糸が切れたように倒れ込んでしまった。
意識を再び失う直前、少女は絶望した。

少女が次に目覚めると、香ばしい香りと、知らない天井があった。

「おっ...目が覚めたな。」
見知らぬ男性がそういう。男性は料理をしていた。
少女は、調理中の食材にかぶりつこうとした。
「おっと、気持ちはわかるがそれはダメだ。まずはこれを飲め。」
男性は少女を制止すると、スープを差し出した。

少女はそれを飲んだ。不思議と喉の痛みはなく、余りの美味しさに驚き一瞬でスープを飲み干してしまった。
「いい飲みっぷりだ。そしたら傷も癒えただろ。」

「あっ...声、声が、出せる...
　あの、これ、これ...」
少女はスープの皿を手に取って、男性に頭を下げる。

「あぁ、好吃(ハオチー)だろう？そのスープは俺の魂なんだ。髪も整えて、服も着替えさせたのに真っ先にそのスープを飲んだんだ。よっぽど腹が減ってたんだな。」

「好吃(ハオチー)...
うん、好吃(ハオチー)だが！」

「お前...言葉使いおかしいぞ、どこの娘だ...?」

「名前...わからないようだ。」

「...そうか...
　じゃあそうだな...お前は、シャオリィだ。」

少女は目を輝かせながら言う。
「...！シャオリィ！うん、シャオリィはシャオリィだが！」

「...はぁ、誰だ、こんな娘を殭屍(キョンシー)だなんて呼んだのは...
ただの...女の子じゃないか。」

これがシャオリィと、師匠の出会いだった。