履歴
ラングドックのソルガ家といえば地元でも名の知れた名家だった。
代々、巨大なルビーのペンダント「リオン」を家宝に受け継ぐ由緒正しき血筋。
私はそこの長男としてこの世に生まれ育った。
父も母もとても愛情深い人だった。
これ以上ないほどの祝福を受け、今考えても最大級の幸せ者だったと思う。
妻と出会ったのは、17歳のとき。
父の知り合いが経営している会社の祝賀パーティだった。
挨拶ばかりで正直退屈していた私は、パーティを抜け出して星々が煌めく夜空のバルコニーで暇をつぶしていた。
そこには彼女もいた。
私と同じようにパーティにうんざりして抜け出していたのだ。
なんとなく気になって目で追っていると、彼女と目が合った。
お互い事情を察したのか、自然と二人で笑い合っていた。
そこから軽く言葉を交わし、デートを重ね、気がつくと私達は家族になっていた。
あの日輝いていた星たちが、私達を縁を紡いでくれたのだと今でも思っている。
結婚して数年、リュミエルが産まれた。
我が息子ながら、とても可愛い男の子だった。
よく怒り、よく泣き、よく笑い。
それでいて自分でものを考え、しっかり選択のできる賢い子だった。
自慢の息子だった。
だからリュミエルの結婚は私達に新たな祝福を齎した。
私の人生で幸福の絶頂を取り上げるなら、父になった時と祖父になった時の二つになるだろう。
家宝が受け継がれていくのを2度も目の当たりにできたことは、間違いなく幸せだった。
あの日は、息子夫婦が孫のヴェリテを連れて我が家に遊びに来ていた。
私は仕事の都合で帰宅が遅れていた。
久しぶりに息子夫婦や孫に会えることの喜びを隠しきれずにいた私は、自身に翼が生えていないことを恨んでいた。
私が家につく頃にはすっかり日も落ちてしまっていた。
しかし、家の明かりは灯されていなかった。
不思議に思いながらも私は玄関の扉を開けた。
そして私は、遅くなった詫びとして買ったガレットデロワを床に落とした。
眼の前の惨状を理解するのに必死だったからだ。
星を見ることはできなかった。
幸い、犯行推定時刻の私のアリバイが証明され犯人として疑われることはなかった。
だが私以外家族全員を惨殺する心当たりのある人間が捜査線上に挙がることはなく、警察の捜査は難航した。
犯人の手がかりが一切なかったからだ。
凶器も不明、痕跡もなし、目撃証言もなし。
実は近年、似たような惨殺事件が各地で相次いでおり今回の事件もその一つと考えられた。
捜査は完全に手詰まりとなり、数年すると数多くの未解決事件の一つとして事件ファイルに纏められることになった。
私は家族の死の真相を、残りの余生で突き止めようと家宝のリオンに誓った。
あらゆる手段、あらゆる方面から真実を追求し続けた。
しかし調べれば調べるほど、何か不可思議な現象によるものなのではないかという疑念が大きくなっていった。
所謂、悪霊と呼ばれるものの存在だ。
調べるうちに、その存在が実現すると私は確信した。
それから世界中を飛び回り悪霊や呪いといったものについて調べ回った。
そして私は日本にたどり着いた。
「ヴァンピールという男が情報を持っている」
もはや誰から聞いたかも覚えていないその情報を頼りに私は彼に会いに向かった。
思ったよりすんなりと彼には会うことができた。
しかしいざ目の前に対峙した瞬間、私はこれまでにない恐怖を覚えた。
体中の血液が凍りつくような恐怖にその場に立ち尽くすことしかできなかった。
それでもなんとか絞り出すように彼に事情を説明した。
すると彼はにやりと笑い、あっさりと自分について語りだした。
自身が「吸血鬼」であることを。
真相を知るためには、彼の手によって吸血鬼とならなければならない。
だが吸血鬼になったら最後、二度と人間には戻れない。
そう伝えられた。
迷うほどの時間は私にはなかった。
彼に血を与えられた瞬間、私の身体は今までにない程の悲鳴を上げた。
体中が焼かれるように熱く、引き裂かれたかのように痛い。
私は救いを求めた。
神に祈るように、仏に縋るように、星に願うように。
家宝を握りしめながら顔を覆って、痛みが過ぎ去るのをただ耐えることしかできなかった。
気がつくと私はベッドに寝かされていた。
どうやら痛みのあまり気を失っていたようだった。
ふらつきながら洗面台に立ち鏡を見た私は驚きを隠すことができなかった。
私の右目が存在しているはずの場所には、家宝のリオンが美しく輝いていた。
私はヴァンピールからこの世の真実を聞かされた。
我が家に伝わっていた家宝は、高濃度のレネゲイドウイルスが鉱物に溶け込むように自己保存を行っている「賢者の石」と呼ばれる代物だったこと。
そして私の家族を殺した悪霊はその賢者の石に引き寄せられていたこと。
そしてその悪霊「レネゲイドビーイング」の暴走によって私の家族は殺されたこと。
私はその悪霊たちの影響を受けづらい体質「賢者の石の適合者」だったこと。
全ては“偶然”であったこと。
私の人間としての人生は終りを迎えた。
余生で死の真相を突き止めるという私の悲願は成就された。
そして「吸血鬼」かつ「オーヴァード」となった私の人生が始まった。
悪霊たちの暴走による理不尽な事故をなくすため、彼らを使役し制御することのできるスカルリングを手に入れた。
残りの人生、彼らを制御し続けることが、私にできる唯一の使命だと思ったからだ。
星々が輝く夜、吸血鬼として、そしてFHとして悪霊たちを操り制御する私には、幻姿達の群“マス・カレイド”のコードネームが与えられた。
スエテ・ラ・ソルガはもう死んだのだ。
マス・カレイドとして活動を始めて数年、陽の光を避ける生活にも慣れてきた頃。
あれは、どうしても日が沈む前に済ませなければいけない用事ができた日だった。
久しぶりの太陽の下、正直かなり辛かった。
耐え難い苦痛と眠気に襲われながら手短に用事を済ませた。
大分日も沈み身体が楽になってきた頃、突然レネゲイドの反応を感知した。
気になった私はその方向へ向かうと、奇妙な光景を目撃した。
オーヴァードに覚醒した少年が、逸般人の子どもを今にも殺そうとしている瞬間だった。
とっさに身体が動いた。
「この子を人殺しにしてはいけない」
何故か、そう思った。
今思えば、息子や孫を重ねていたのかも知れない。
もうとっくに死んだはずの「スエテ・ラ・ソルガ」がまだ生きていたのだろうか。
なにを今更。
願わくば、この子は幸せになってほしい。
だが、この願いは私のエゴではないだろうか。
今は亡き家族の代わりを探しているだけなのではないだろうか。
本当に願っているのはこの子の幸せなのだろうか。
この願いは、呪いではないのか。
星よ。