元DARPA局長ヘルムート・ヘスの孫娘。

　十余年前の冬。一人で祖父の屋敷を訪れたシドニーは、何者かに射殺された彼の第一発見者となる。

　『己が何者であるか知り、どう生きるべきかを識りなさい』──幼いシドニーにそう教えた祖父。愛国者として葬られた、移民の将校。

　彼は何者として生き、何のために殺されたのか？　シドニーは青春時代を、真相の追求に費やした。
　数年後、ティーンエイジャーになったシドニーは人手に渡っていた一冊の日記に辿りつく。

　1999年12月の記録。
　"ある月のない日／落下する月の裏側／神を観た／ああ、あんなものが──"
　それは薬物中毒者じみた狂気の羅列だった。厳格な祖父の像は崩れ、妄想をかかえた孤独な老人になりさがった。
　その事実は、長年ヘルムート・ヘスの軌跡を追っていたシドニーをひどく打ちのめした。

　しかし、シドニーは諦めなかった。あの誇大妄想の中にわずかでも真実があることを願い、祖父のかつての同僚にコンタクトを取った。

　祖父が人生の半分以上を共に生き、晩年をも捧げたレネゲイドウイルス。
　それが実在すると知ったとき、泥中を泳ぐようだったシドニーの世界がついに拓けた。

　DARPAからテンペストに斡旋されるが、当時まだ非オーヴァードだった彼女は、皮肉にも祖父と同じく実験によって覚醒したのだ。
　
　そして今、彼女はレネゲイドウイルスという未知を追っている。
　かつて祖父が恐怖した力を御し、合衆国に貢献する。果てなき探究は自らへの問いかけでもあった。
　何者かとして、生き方を定めるための。

　──入隊から訓練を経て、現在。初陣の時が迫っていた。

・ヘルムート・ヘス
　祖父。祖父としても軍人としても尊敬している。祖父への理解は部分的で、晩年の実態はほとんど知らない。
　シドニーはかつての目的、祖父の死の真相を知ることを諦めていない。機密に手が届くチャンスへの期待が、彼女のテンペスト入隊を後押しした。

・父
　実父。祖国を裏切った元ナチス将校、という父親の肩書きのためにつらい幼年期を過ごした。
　同じ思いはさせまいとヘルムート本人と娘を遠ざけていたが、結果的に、シドニーが祖父の死に直面するきっかけとなってしまった。
　父親と合衆国を憎んだ彼。そんな父に反抗して「探偵ごっこ」と言われても調査を続けたシドニー。両者の折り合いはとうぜん悪く、冷戦状態が続いている。
　その実態は、ただただ一人娘が心配な父と後ろめたさから素直になれない娘の、ありふれた親子関係だったりする。

・恩人
　情報屋、兼、ハッカー。
　単身飛び込んできた依頼人・シドニーの危なっかしさと熱意に根負けするかたちで、面倒を見てくれた人。いわく先行投資。
　裏社会での立ち回りや自衛手段を教える代わり、シドニーをこき使っていた。ごはんだけは奢ってくれた。
　本名を明かさない鉄則を一番に教わり、それが「for Answer」を名乗るきっかけになった。