彼は孤独であった。
最も幼いときの記憶は、孤児院の白い壁。
そこで彼はただ白いキャンバスを眺めていた。
ふと、幼心に近くにあったクレヨンで絵を描いた。
線を走らせて、一人の少年を描く。ただ夢中で書き力加減も忘れるほどに描き続けた。
いくつものクレヨンを折っては次のクレヨンを手に取って、一人の少年を描いた。
ただ、その少年は灰色一色のなんの色彩も無い絵だった。
否、絵だけではなく、その幼き空也の目はただ灰色一色でありなんの鮮やかさも無かった。
彼の眼には、全てが同じで何の変化もなくつまらない。
それ故に、感情も抑え誰ともかかわることを拒絶した。
そんな彼が壁にイタズラとも言える絵を描いたのだ。
職員はそんな彼を窘めるようにして非難した。
「今すぐ消しなさい」
そんな言葉が彼を追い詰める。
ただ、そんな大人たちの中
一人だけ
「わぁ!素敵な絵、少年、君が描いたのかい?」
「とてもカラフルで素敵じゃないか!」
「そんな絵を消すなんて勿体ないじゃないか!」
と、彼を肯定し守った女性職員、彩花がいた。
周りの職員を圧倒しいつもの調子で黙らせた彼女は、壁紙を切り取って、額縁にして飾ってくれた。
その日を境に、彼は少しづつだが、彩花と呼ばれた職員にだけ心を少しづつ開いていった。
しかし、数年たったある日。
ジャームが孤児院を襲った。
多くの人が肉塊へと変わっていった。
そして、燃え広がる世界をただ茫然と見ていた。死ぬのか、と幼心に諦めに近い感情で、灰色の焔に抱かれるのを待っていたが
その場に彩花が駆け込んできた。
「おや、こんな時にかくれんぼは勘弁して欲しいな少年」
「助けに来たよ」
「逃げようか少年」
そうやって、彼女は彼の手を取って走り出した。
必死に二人で駆け足で、今にも飲み込まんとする漆黒の煙から逃れるように。
目の前に光が見えた。
仏が地獄の亡者に蜘蛛の糸を垂らすように、希望があった。
「危ないよ、少年」
その言葉と共に、背中を突き飛ばされた。
振り返った先に見たのは、瓦礫に潰された彩花の姿。
「ギリギリセーフだね、間に合った」
「怪我はないかな?」
と、彼女はおどけるように笑って語り掛ける。
「そんな顔するなよ、少年。いや、空也」
彼はヨタヨタとふらつきながら近寄った、瓦礫を外に投げては掘り出す。
指先から血が滲み、裂傷が多くなる。
そんな彼を悲しげに見つめながら
「空也、もういいよ」
よくない!!
「近づくと危ないだろ?それにいくら君がオーヴァードだからといったって」
「ここが崩れれば、君もただじゃすまないぞ」
「それに、私もオーヴァードだから、大丈夫。だから、先に逃げててよ」
「あ、でもその怪我、治させてよ」
そういって彼女の流れていた血液は触手のように伸びていった。
それは万物を包み込む手のような形を取った。
そして、彼方の手を取り、傷を癒していった。
そして、最後にその手は彼の目に触れた。
その瞬間、体験したこともない鮮やかな世界が広がって
美しいほどに残酷な鮮血が彼を包み込んだ。
「空也、さぁ......あそこまで行くんだ」
「そして、助けを呼んできておくれ」
彼は、ためらいながらもコクリと頷き、救援に入っていたUGNの職員に助けを呼びに行き、そして振り返った。
刹那、一際大きな瓦礫は、彼女の頭をいともたやすく潰していった。
これが、彼のこの世界の始まりの記憶。